第13話 ママ、見ちゃったの①



「あーあ、こんなに濡れちゃって。しかも、べとべと。こんな状態で帰らなきゃいけないなんて......」



 葵は頰を膨らませて、スカートをぱたぱたとさせる。盛大に溢れたいちごミルクは、チェックの布地に広がり、染みとなっていた。



「申し訳ない......」



「いや、謝らなくていいよ。我慢できなくて、廊下で飲んじゃったわたしが悪いんだから。不注意は......お互いさまだし」



 そう言いながらも、ぱたぱた、ぱたぱたと。


 よく見れば、薄桃の液体が太ももにまでかかってしまっている。太、というには細い脚。ほどよく筋肉もついていて、運動はできそうだ。



「どこ見てるのかなあ、光くん?」



「あ、いや、結構下まで垂れてるなあって」



「え、嘘、やだ、靴下下ろしたてなのに!」



 慌てて自分の脚を見ようとする葵。

 急に動いたせいで、いちごミルクのしずくが内ももをつたって垂れそうになっている。



「......セーフ」



「な......っ」



 ほとんど無意識だったと思う。

 ポケットからハンカチを取り出して、自分の汗でも拭うように、それを彼女の太ももに押し当てていた。


 葵は最初こそ文句を言っていたが、次第に声が小さくなり、もにょもにょと口を動かすだけになった。


 少しかがんで、液体がかかったところを拭く。



「......んんっ」



「ごめん、くすぐったい?」



「ちょっと、だけ」



 スカートを揺らしたせいなのか。

 太ももから膝裏にまで垂れてしまった部分もある。あまり触れすぎないよう拭うと、葵がくすぐったそうに身をよじった。



「あ、ありがと」



「べとべとには変わりないんだけどな」



「うう......でも靴下を汚さずに済んだから」



 粗方拭き終え、身体を起こすと、葵は丁寧に頭を下げた。俺はハンカチをポケットに戻して、スカートをもう一度見る。



「よかったら、ジャージ貸そうか。金曜日まで体育はないし、置きっぱだったから使ってもないよ」



「わ、助かる!」



 俺はひとまず教室に戻り、不快そうについてくる葵にジャージを渡した。それから、着替えるから出てって、という言葉に従い、俺だけが廊下で待つ形に。



「......どう、変じゃない?」



 しばらくして出てきた葵は、俺の名前が刺繍されたジャージに身を包んで、不安そうにこちらを見上げた。


 うん、サイズは合ってない。

 手は指先しか出てないし、足首は余った生地がだぶついている。


 でもそれが可愛い、気もする。



「すっごい、変」



「なっ......!」



「でも、いいよ。似合ってる」



「なんか......褒められてる気がしない」



 不服そうな顔をする葵。

 俺は堪えきれずに吹き出してしまった。



「なによう......」



「いや、ははっ、可愛い、可愛いよ」



「そんなに笑うほどひどいの?」



 ますますむくれる葵に、首を振る。

 しかし、否定をしても、笑いは止まらなかった。


 いったい、なにがそんなに面白かったのか。

 でもその日、俺は久しぶりに心から笑えた気がした。


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