第14話 ママ、見ちゃったの②



 それから一夜明けて。

 いっしょに朝食をとる日ノ宮さんは、どこか不機嫌だった。



「今日は、なにか言いたくなる日だね」



「......?」



「なにか打ち明けたくならない?」



「いや、別に......?」



「そっ、か」



 家を出るときもしかめ面で。

 玄関のドアを開け、空を見上げて。



「わあ、すべてを話したくなる天気ねえ」



「......??」



「もう......いってきます!!」



 登校してからも機嫌が悪く。

 遅れて教室に入った俺が机に着くや否や、日ノ宮さんは椅子ごと身体をこちらに向けて。



「なんか、わたしにぶちまけたくない?」



「ぶち......え?」



「こう、ぜんぶ剥き出しにして!」



 衝撃に肩からカバンがずり落ちる。

 ぶちまけるだの、剥き出しだの、清純なイメージのある日ノ宮さんからは出てこなそうな言葉だ。


 それを教室のど真ん中で、堂々と。

 いったいどうしてしまったんだ?



「日ノ宮さん、今朝からずっと、なんのことを言ってるの。俺からなにを聞き出したいの?」



「だから、昨日の放課後」



「昨日の放課後はずいぶんお楽しみだったようで、光くん?」



「藤原......」



 用がない限り寄ってこないはずの藤原が、日ノ宮さんの後ろに立ち、にやにやと笑っていた。しかも、光くんだなんて、気持ちの悪い呼び方。


 見渡せば、複数の生徒の視線がこちらに集まっている。そのほか、ガン見とまではいかないものの、ちらちらとこちらの様子を伺う生徒も。


 いったいぜんたい、どうしたというのだ。

 昨日の放課後がなんだって......



「......あ」



「おっはよー、みんな」



 と、そこに絶妙なタイミングで、もう一人の重要人物が入場。紺のチェックスカートはすっかりきれいになっているようだったが、よくよく観察すると少し生地が薄い。夏用のスカートかもしれない。



「え、なになに。なんでみんな、こっち見てにやにやしてるの。わたしの顔になにかついてる?」



「いや、そうじゃなくて......あ」



 やばい、思わず答えてしまった。

 クラスでも目立たない、女子生徒と縁もないはずの俺が。



「確定だな、光」



「違う、違うからな、藤原」



「お前も頑張れよ、葵」



「へ......なに、なんなのよ、いったい」



 藤原が俺たちのそばから離れると、周囲の視線も散っていく。といっても、興味が薄れたわけではないので、意識だけはこっちに向いているようだった。



「......ちょっと、いい?」



 途方に暮れる俺に、目配せする日ノ宮さん。少し戸惑ったが、その背中を追って、俺は教室を出た。


 廊下をしばらく歩き、階段を下りる。そのまま教室棟を出ると、教室棟と特別棟を繋ぐ廊下の真ん中で日ノ宮さんは振り返った。



「ひどいよ、光くん」



「......え」



「わたしの気持ちも、知らないで」



 眉根をぐっと寄せ、ささやくように話す日ノ宮さん。初夏のぬるい風が横から吹きつけて、ポニーテールをふわりと揺らす。


 両の手を握り締め、あまりにも苦しそうにそう言うものだから、俺はなんだか勘違いしてしまいそうだった。



「ごめん、日ノ宮さん。でも」



「わたしがどれだけ、どれだけ光くんのことを思ってるか。今朝も、どんな気持ちでいたか」



「日ノ宮さん......」



 俺のこと、そんなに考えてくれていたのか。

 だから教室でもあんな問い詰めるような真似を。


 でも、誤解だ。

 すべては誤解なんだ。



「日ノ宮さん、俺は」



「見ちゃったんだから」



「......え?」



「ママ、見ちゃったの」



「ママ......え、見ちゃったって、なにを」



「光くんが葵と仲よくしてるところ」



 日ノ宮さんの鋭い瞳が俺を射抜く。

 膝丈のチェックスカートのはためく様が、差しこむ光の向こうに、やけにゆっくりと見えた。


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