第15話 葵、見ちゃったの①



 噂というのは瞬く間に広まる。

 当人が否定しようがしまいがお構いなしに、他人の興味、好奇心のそそるままに、ときには無用な尾ひれまでついて、伝わっていく。


 人の口に戸は立てられぬ、とはよく言ったものだ。昨日自分を知りもしなかった人間が、今日には訳知り顔で訊いてくる。


 「どうやって、葵に近づいたんだよ」って。


 俺は、知るか、と返したい気持ちを抑えて、よく分からないんだと困り顔で答える。


 相手は惚気と勘違いして去っていくか、誤魔化されたと思い、腹を立てるかのどっちかだ。


 それも藤原のそばにいると、いくらか緩和される。俺は気づいていなかったが、藤原という男は結構名が知れているらしい。


 ......ただのアニメオタクだと思っていたのに。



「はあ、どうしてこうなったんだ」



 大きなため息をついて、机に突っ伏す。

 ふと顔を上げると、葵が廊下側1番前の席からこちらを見ていた。


 ふてくされたように下唇を出すと、手を合わせて謝る。彼女も彼女で噂に振り回され、迷惑しているのだから責められない。


 俺は気にしなくていい、と首を振った。


 なにもかも萎えてしまって、もう寝てしまおうかと思いはじめた頃──


 こつん。

 うつぶせた頭になにかが当たった。


 目だけ覗かせれば、日ノ宮さんが俺の机を指差して、口を動かす。そ・れ・を・み・て?


 身体を起こし、机を見る。端に、ノートを小さく折ったものが転がっていた。


 日ノ宮さんが手紙回しなんて意外だ。

 俺は拾い上げて、中身を読んだ。



《授業中に彼女とイチャイチャするなんて感心しませんね》



 ......小言かよ。本当に母親みてえ。


 机の中に入りっぱなしだったペンケースを出し、返事を書く。それから、日ノ宮さんの机に投げた。



《イチャイチャしてない》



 返しはすぐに飛んできた。



《誤魔化しても無駄だよ》



《葵のことは誤解だって》



《あんなことして誤解だなんて信じられない》



 あんなこと。

 昨日の放課後のことだ。


 あれは違う、そういう仲じゃないと言っても、日ノ宮さんは信じてくれなかった。だいたい、女子生徒のきわどい部分に触れておいて、勘違いするなというほうが無理なんだろうか。


 どうしたものか、と頭を抱えていると、またノートの切れ端が飛んできた。



《心配しないで、わたしは応援してる。息子のはじめての彼女に喜ばない母親はいない。でも、ちょっとぐらいママに相談してほしかったな》



 ......ママ、ね。


 手紙の最後には悲しみを表現した顔文字。

 しょげる顔に日ノ宮さんの表情が重なる。


 ったく、相談とか応援とか、なんなんだよ。俺が他の女子と付き合って、嬉しいのかよ。俺のこと、なんにも知らないくせに。なにが、母親だよ。


 胸がもやもやする。

 日ノ宮さんを見ていると、心がざわつく。


 シャーペンを荒っぽく走らせ、隣に切れ端を放り投げると、俺は再び突っ伏した。



《はじめてって決めつけないでくれよ》



反抗期の息子みたいな返事だった。


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