第12話 いちごミルク味のスカート②
謝罪の波は午後の教室にまで押し寄せた。
「ごめんね、光くん」
「そんな、別にわざとじゃないんだから」
「でも、わざわざ購買までもらいにいったんでしょ。食べる時間あんまりなかったみたいだし」
「それは......まあ、そうだけど」
日ノ宮さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
ポニーテールまでしょんぼりだ。
「箸はともかく、弁当、ほんとに美味しかったから。それで、よくない?」
「光くん......」
日ノ宮さんはほんの少し嬉しそうに口の端を上げて、すぐにまた眉尻を下げた。
そもそも、真面目な日ノ宮さんが授業時間にこうして謝ってくること自体めずらしかった。私語を注意されてもおかしくないのに。
ちょうど前の席から国語の授業プリントが回ってくる。内容を確認すると、日ノ宮さんはパッと顔を輝かせた。
「そうだ、この問題の答え、教えようか」
「えっ!?」
思ってもみない提案だった。
というのも、俺は国語が大の苦手。評論も古典もだが、とりわけ小説の成績がよくない。
その点、日ノ宮さんはオールマイティ。
国語も数学もなんでもできるときた。
そんな日ノ宮さんに教えてもらえるなんて。
まさに願ったり叶ったり。
俺は諸手を挙げて賛成しようとしたが。
「いや、ダメだよね。やっぱり、ママとして考える力を身につけさせないと。光くん、答えは教えられないけど、いっしょに考えよ!」
ぐっと拳を握る日ノ宮さん。
そのままプリントに目を通し始めた。
「......息子に甘いママがよかったな」
期待した分、がっかり。
でも、いっしょに考えてくれると言うのだ。それはそれでありがたいことではある。
「日ノ宮さん、この問題ってどういう意味?」
「え、どこどこ?」
さっそく、気になるところを訊こうと日ノ宮さんの方に身体を向ける。すると、なんのイタズラか、教室に突風が。
数名の女子生徒がきゃあきゃあと騒ぐ。
風でプリントが勢いよく舞う。
それは日ノ宮さんのプリントも例外ではなく。
「ふぃ、ふぃのみやさん......?」
「ご、ごめんなさあい」
ゴミが入らないよう閉じた目。
しかし、どういうことか。
開けた瞬間、視界から日ノ宮さんが消えていた。
いや、正確には視界いっぱいに日ノ宮さんがいた。
てっきり、柔らかいだけかと思っていた。でも、これは......かなりの弾力。埋もれたいと思っていたが、これでは跳ね返されそう。それも、幸せか?
「ナイス......キャッチ、日ノ宮さん」
日ノ宮さんは左手にプリントを握ったまま、右手で胸を押さえ、しずしずと後退していった。身体を張った、実践を伴う学びに、俺はただただ感心しきり。
途中まではともかくとして、もしかしたら今日はいい日なのかもしれない。
俺はとろけた脳みそでそんなことを考えていた。しかし、現実はそう甘くない。
放課後、互いに帰宅部の俺と日ノ宮さんは、また時間をずらして下校する。日ノ宮さんが教室を出てから20分。これぐらい間隔を空ければ、大丈夫だろう。
読んでいた本をカバンに突っこみ、席を立つ。開きっぱなしの引き戸を抜け、廊下を左に曲がって──
「うわっ」
「きゃあ」
強烈な既視感。
見上げれば割り箸が見えそうなほどの。
だが、今回は割り箸もペットボトルも飛ばなかった。飛んだのは、彼女が持つ紙パックに入っていたいちごミルク。
「......光くんの、変態!」
ぶつかった衝撃で押された紙パックは、薄桃色の液体をいっぱい吐き出して、葵のスカートをぐっしょりと濡らしていたのである。
寄せては返す謝罪の波は、ときに激しく、白い飛沫を飛ばしながら、いいことも悪いこともさらっていくのだった......
「ほっんと、ごめん!」
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