第11話 いちごミルク味のスカート①



「ご、ごごごめん」



 急いで女の子の上から退く。

 横たわる彼女はしばしぼーっとしていたが、制服を揺らす風に、慌ててスカートを押さえ、立ち上がった。


 乱れた髪を直す女子生徒。顎の辺りで切り揃えられたその髪は細く柔らかで、差しこむ光に透けそうなほどだった。



「不注意だった、ごめん」



 俺は再度謝る。

 故意じゃないにしろ、彼女の胸に触れてしまったのだ。



「こっちも不注意だった、ごめんね」



 ぺこりと頭を下げる生徒。


 自然なタメ口。

 見た目から後輩かと思っていたが、同じ2年生なのか。それに、さっき俺の名前を呼んでいた気がする。てことは、知り合いか?


 彼女の顔をまじまじと眺める。

 きめ細かい素肌に長い睫毛。髪と同様、薄い茶色の瞳。小ぶりな鼻、それにぷっくりとした桜色の唇。


 いや、こんな可愛い子は知らない。

 知り合えるはずもない。



「お互い怪我がなくてよかった。押し倒されたときはちょっとびっくりしたけど」



「それは、ほんとごめん」



「でも、まあ、ぶつかったのが光くんでよかった、かも?」



「え、あ、うん、そうだね?」



 え、誰だ。誰なんだ、この子。

 俺は必死に考えるが、思い当たる子はいない。そもそも気軽に会話する女子なんてほとんどいないのだ。



「えっと、もしかして、分からない?」



「う......ごめん」



「同じクラスなんだけど?」



「え、嘘。てっきり1年かと」



「むう、そんなに幼く見える?」



「あー......うん」



 身長も顔も手足も、なにもかもミニサイズ。

 中学生と言われても信じてしまいそうだ。

 それに......



「ちょっと、どこ見てるの!」



 女子生徒は胸をぱっと押さえ、目を吊り上げた。

 彼女の胸部を見ていると、平野に咲く一輪の花が思い浮かぶんだが。あ、痛い痛い。



「いったいどういう教育を受けたら、乙女の胸にそんな悲しげな目を向けられるの!」



 ぽこ、ぽこと俺の胸を叩く女子生徒。懸命に抗議する姿はまるで餌を欲しがる小動物のよう。



「ごめん、たぶんあの父親に育てられたせいだ」



「あの父親......?」



「ああ、かなり厄介な父親なんだ。俺、母親がいないから、父親の影響をもろにくらっててさ」



「え......なんか、ごめん」



「いや、暗い話じゃないから。ほんと、能天気な親でさ、問題ばっかり起こすんだけど、ずいぶんご無沙汰なせいか、特に女性に対しての感覚が狂ってて」



 頭にぱっと日ノ宮さんの顔が浮かぶ。

 まあ、あれに関しても狂ってるといえるだろう。


 女子生徒は、ご無沙汰、と口の中で繰り返すと、何度か頷いて胸の警戒を緩めた。



「分かった、とりあえず許す」



「ありがとう、ございます?」



「......ふふっ、あおいよ、改めてよろしく」



「俺は光、って知ってるか」



 葵が差し出した手をぎゅっと握る。

 小さい手。少し力を入れれば折れてしまいそう。



「光くんは今から教室に戻る?」



「ああ」



「私も、用事が終わったから戻るとこ。いっしょに行こっか。えっと、ジュースは、っと」



 振り返って、葵は青ざめた。

 どうして俺が彼女を押し倒したのか、今になって気がついたようだ。


 割り箸とジュースを拾い上げ、ぺこぺこと謝る葵。俺の背中を気遣わしげに撫でる。


 俺はさっきまでとの態度の違いに戸惑いながらも、葵の手からジュースを2本奪って教室へと歩き始めた。



「......案外、優しい変態さんなんだ」



「変態は余計だ」


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