第10話 曲がり角のまな板②



「光、今日のおかずは?」



「えっ......ああ、たぶん洋風?」



「なんで疑問なんだよ」



 憂鬱で、気怠い午前を終え、昼休み。

 藤原が水筒の蓋を開け、ははっと笑う。


 そりゃ自分で作ってないから、とも言えず、俺は急いで机を動かして席につく。開いてしまえば、こっちのもんだ。


 と、思ったのだが。



「......あれ、なんで箸がないんだ」



「あーあ、箸がなくてどーするんだよ」



「手で食うつもりか?」



 背後から、遊佐と藤也がいつものようにパンと飲み物を抱えて教室に入ってきた。



「いやあ、入れ忘れちゃったみたいだなあ」



 俺は頭をかきながら、教室前方を見た。


 日ノ宮さんはすでに弁当を広げ、同じグループの女子と和気あいあい、昼食をとっている。


 ......あれ、箸がないの、俺だけ?


 まあ、日ノ宮さん、ちょっと抜けてるところがあるし。たまたまだよな、たまたま。


 え、もしかして、わざと?

 本当に手で食べさせるつもりだったとか?



「購買に行けば割り箸がもらえると思うけど?」



 隣の棟を指差し、もごもごと喋る遊佐。右手のジャムパンはもう半分近くなくなっている。



「......行ってくるから、先食べてて」



 おー、と藤原の返事。

 俺は弁当を机に置いたまま、足早に教室を出た。


 なんか、デジャヴ?

 いや、昨日は隣に日ノ宮さんがいた。


 あのときに比べれば、人目を気にしなくてもいいんだから、幾分気が楽だ。


 さっさと購買に行って、箸をもらってこよう。



「はーい、割り箸ね」



 隣の棟の1階、自販機前の購買には、見るからに気のいいおばちゃんが座っている。事情を話すと、すぐに奥から割り箸を1膳くれた。


 ピークの時間帯は過ぎたのだろう。もうパンもほとんど売り切れてしまって、俺以外に生徒はいない。


 おばちゃんにお礼を言うと、俺はそそくさと購買を後にした。



「ゆっくり食べる余裕があるかな......」



 遅れて食べるのも、箸をもらうのも、めったにない。日ノ宮さんと関わるまでは1度もなかったことだ。


 思えば、日ノ宮さんが家にやってきてから、予想外なことばかり。



「なんだか、振り回されてるなあ」



 こんなに翻弄されているのも、あの日ノ宮さんが相手だからなのかもしれない。


 そう独り言ちて、教室棟に足を踏み入れ、角を曲がったときだった──



「うわっ」

「きゃあ」



 どん、という衝撃と、宙を舞う割り箸......


 ......だけじゃない。

 2、3本のペットボトルがくるくると。



「あぶないっ」

「なに、きゃっ」



 誰だか分からないが、このままではぶつかった相手にペットボトルが降ることになる。


 とっさに俺は相手の身体を突き飛ばし、地面に倒れこんだ。その瞬間、背中にぼんっ、ぼんっと液体の入った容器がぶつかる音が。



「いったた......」



 鈍い痛みに思わず声を上げる。

 1本背骨に当たった気がするが。

 それより、下敷きにしてしまった相手が心配だ。



「だいじょ......うぶ?」



 ......なんだ、この感触。


 あばら骨、のように固い。

 でもかすかに感じる柔らかさ。



「ちょっ......ちょっと、んっ」



 ものすごく、嫌な予感。

 ゆっくりと見下ろせば、俺の身体の下で小さな女の子が真っ赤な顔でこちらを見ている。


 俺の右手は、やっぱり彼女の胸部、見事な平原の上に立っていた。



「......光くんの、変態」


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