幕間② ママのお目覚め



 弁当職人の朝は早い。


 午前5時半に起床。

 まずはトイレ。次に顔を洗い、軽く運動をすると、キッチンで調理に取りかかる。


 日によってメニューは違うが、調理方法は焼き、炒めものがほとんどで、揚げものは前日のうちに済ませておく。


 今日はしょうが焼き。

 調味料をぱぱっと混ぜ、肉にかけて焼く。

 溢れ出る肉汁に、しょうがのいい香り。

 実に食欲をそそる。


 作り置きのおかずを冷凍庫から取り出し、手早く弁当作りを終わらせると、今度は朝食を作る。


 昨日は父親の帰りが遅かった。

 朝は胃に優しく、栄養のある野菜スープを作ろう。


 肉好きの日ノ宮さんには、ベーコンを。


 そういえば、今日はまだ2階から音がしない。

 いつもなら起きてくる頃なのに......


 鍋の火を止めて、俺はキッチンを出た。



「日ノ宮さん、日ノ宮さん?」



 階段を上がり、部屋の前で名前を呼ぶ。

 返事はない。準備をしている様子もない。

 おかしいな。



「日ノ宮さん?」



 ノックにも反応がない。


 まずいぞ。

 そろそろ起きないと、遅刻するかも。

 俺は意を決して中に入った。


 足を踏み入れた瞬間から、分かる。

 ここが女の子の部屋だと。


 花のような甘い香り。

 レースのカーテン越しに感じる陽光。

 可愛らしい猫の時計が秒を刻む。


 以前とはまったく違う光景。

 そして──



「んんんっ」



 緩くシワのついた白いベッドシーツ。

 その上で身体をくねらせるのは......


 下着姿の日ノ宮さん!?



「な、ななななんで」



 思わず視線を逸らしそうになったが。


 そーっと音を立てないよう、俺はあえてベッドに近づく。


 このままじゃ日ノ宮さんが風邪をひく。布団をかけてあげなければ。できるだけ目を細めて、周囲を探した。


 かけ布団は日ノ宮さんの下にあった。

 いったいどう寝たら、そんなことになるのか。


 なるべくベッド方向を見ないように、布団を持ち上げる。少しでも身体を冷やさないように。白く柔らかそうな太ももにかけた。


 ちょんと指先が膝に触れる。

 日ノ宮さんがくすぐったそうに笑う。



「うへへ、いい匂い......」



「え......?」



 微笑んでいた口がだんだんだらしなく下がっていく。日ノ宮さんは瞼を閉じたまま、上半身だけ起こし、俺のほうに寄ってきた。



「ベーコンの......匂い!」



「うわあああ」



 首にまとわりつく腕。胸板に当たって形を変える、ずっしりとしたふたつの膨らみ。


 肌という肌が俺に絡みついて、強く締めてくる。


 ベーコンの匂い、ってまさか。

 さっき焼いた朝食のベーコンのことか!?


 服に匂いがついていたのだろうか。

 いや、いくらなんでも嗅覚が鋭すぎるだろ。


 日ノ宮さんはさらに身体を押しつけて、もじもじとしている。しかもうっすら、にやついてる......?



「うーん、いただきまー......」



「ひ、ひひひ日ノ宮さん!!」



 首元を噛みつかれそうになって。

 俺はようやく大声を上げた。


 耳のそばまで来ていた日ノ宮さんの唇が止まる。温かい息が頰を撫でて。それから、ゆっくりと腕の力が弱まる。



「ベーコ......ひかるくん?」



「......お、おはよう」



 赤みがかった大きな瞳と目が合って。


 ひやああああ、という叫び声が家中に響き渡る。父親が階段を駆けあがる足音が聞こえる。


 もうじき、この部屋は修羅場と化すだろう。


 日ノ宮さんはようやく事態を把握したようで。


 しかし、もう手遅れだ。


 下着少女の朝は、遅かった。


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