第27話 仲よし子よし①



「手作りお弁当にイベント準備、放課後の勉強会、それにいっしょに登下校はクリア、と」



 ずらずらと文字が書かれたメモ。

 いくつかの項目の横に大きくチェックマークがつけられていく。


 追加項目を書き足すと、葵はため息をついた。



「なんだか足りない気がする」



「十分だよ。それだけでも達成するのに2年はかかる。来年のバレンタインの予定まで入れて。どういうつもりだよ」



「いいでしょ、これくらい」



 乙女の夢じゃない、とむくれる葵。


 メモを閉じて、思い出したようにスカートのポケットを探る。中でなにかを掴むと、そのまま拳を差し出した。



「お腹空くと、集中力切れちゃうでしょ」



 受け取った飴は少し温かい。

 俺のために用意してくれていたのだろうか。


 短く礼を言い、俺は席に戻った。


 お試しが始まって、約2日。

 最初はいろいろとごたついたが。


 結論から言えば、葵は理想の彼女だった。

 朝は途中で待ち合わせて、いっしょに登校。昼には多めに作ったおかずを分けてくれ、放課後には期末試験の勉強をして、またいっしょに帰る。


 目立たない時間、目立たない場所という周りの視線対策はもちろん、さっきのような細やかな配慮が新鮮で、ありがたかった。


 ママより近く、というのもあながち間違いではなかった。そんなことを言えば、日ノ宮さんが機嫌を悪くするかもしれないが。


 しかし、思いどおりにならないこともあった。



「いやあ、こんなママがいて、幸せ者だなあ。光もそう思うだろ?」



「はいはい、幸せ幸せ」



 めずらしく父さんが早く帰ってきた夜。

 日ノ宮さんと作った肉じゃがは、とにかく好評で、父さんは俺の分まで奪うようにして食べた。


 ここ最近、帰りが遅く、日ノ宮さんの料理が食べれない日もあったからだとは思うが。



「特にお肉が身体に染み渡る!」



「あ、俺の肉!」



 驚くほどテンションが高かった。


 お疲れの方には早く風呂に入ってもらおうということで、父さんが担当の皿洗いを俺と日ノ宮さんで代わる。


 広々とはいえないキッチンでふたり。

 黙々と皿を洗う。



「あのさ、光くん」



「ん、なに?」



「この前のことだけど」



「この前、とは」



「わたしのこと、家族って言ってくれたでしょ」



「ああ、そのこと」



「すっごく嬉しかったんだけど、なんだか不思議で。これまでなかなか認めてくれなかったのに、どうしていきなりって。わたしが家族の話をしたから、同情して、慰めでああ言ったのかなって」



「それは違うよ」



 日ノ宮さんが水洗いした皿を受け取る。軽く振って、よく泡立てたスポンジで撫でるように洗っていく。



「そりゃあ、最初は信じられなかったよ。父さんの行動も、日ノ宮さんの気持ちも。でも、日ノ宮さんはいつだって真剣だった。真剣に父さんを想って、俺との関わりを大事にしてくれた。今は友人よりも日ノ宮さんを近く感じる」



「光くん......」



「なにより、初めて気持ちが動いたのは、あのポテトサラダだった」



「ポテトサラダ」



「そう、あのサラダ、母さんが昔作ってくれたやつと同じ味がしたんだ」



 俺の言葉に、日ノ宮さんは固まる。

 そして、感極まったように瞳を潤ませた。



「きっと、隠し味がいっしょなんだね。わたしもお母さんに教えてもらったの。唯一教えてもらえた料理なの」



 皿を持つ手が震えている。

 肩が小刻みに揺れていて、彼女の痛々しい思いが伝わってくるようだった。



「日ノ宮さん......」



 俺は思わず、その背中に手を回した。

 この小さい背中に、日ノ宮さんはいろんなものを背負っているんだ。


 ああ、やっぱり無理なんだ。

 家族のことを考えずに済むなんて。


 日ノ宮さんのことで悩まずにはいられない。なぜなら、俺は日ノ宮さんを──


 ──ひとりの女の子として見てる。


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