第30話 ママのママ②



「最近、どう?」



「うーん、まあ、よくしてもらってる。あんまり住みやすいところではないけど、ママはさっぱりした人だからあまり干渉しないでいてくれて。ただ、毎食菓子パンはね......」



「そっか」



 日ノ宮さんは白身フライをひとくち。やっぱり光くんのご飯は美味しいと微笑む。痛々しい笑顔。ここ数日で日ノ宮さんはすっかり痩せてしまっていた。


 学校で問題になってから、日ノ宮さんはうちを出て、知り合いの家に身を寄せていた。


 父さんは日ノ宮さんとの関係について釈明をしたそうだが、学校側はやはり縁者ではない者の未成年の引き取りに難色を示した。


 しかも、女子生徒が引き取り手に寄せる想いがさらに事をややこしくした。


 大人の話に俺は関与できない。

 今はただこうして、日ノ宮さんに弁当を作って、近況を聞くことしかできなかった。



「ただいま」



 家に帰っても誰もいない。

 当たり前だったことに打ちひしがれて。

 ご飯を作ろうにも、ひとりで食べるのが味気なくて。


 しかし今日は、リビングに人の気配。

 ドアを開けると父さんがテレビを見ていた。



「どうした、父さん。まさかクビ?」



「ひどいなあ、まず心配するのがそれって」



「いや、いつもより帰りが早いから」



「光に話しておきたいことがあってな」



 まあ座れ、と向かいの椅子を勧める父さん。

 俺は隣の椅子にカバン置いて座った。



「カフェラテでも飲むか?」



「そんなことより、日ノ宮さんが今どんなとこに住んでるか、知ってるんだよね?」



「あ、ああ。ママのところに」



「その人がどういう人で、どういう仕事をしてるか、父さんは知ってるの?」



「もちろん。日ノ宮さんはもとはそこでお世話になっていた。日ノ宮さんのお母さんの友人だよ」



「日ノ宮さんの、お母さん?」



「そうだ」



 あの、ポテトサラダの。

 日ノ宮さんが家を出ても、なにも言わなかった、あのお母さんか。



「なんで日ノ宮さんの母親は日ノ宮さんをそんなところに。ご飯も満足に食べさせてくれない人なんだよ?」



「亡くなっているんだよ、もう」



 知らなかったのか。

 そう言って、父さんが机の上で手を組む。

 日ノ宮さんが話したと思っていた、と。



「日ノ宮さんは母子家庭で貧しく育った」



 いわゆる未婚の母で、食うにも住むにも困る生活をしていたらしい。男遊びが激しく、大酒飲みだった母親。それでも、そんな親を支えながら、健気に育った日ノ宮さん。


 数年前、ついに亡くなってしまうまで精一杯尽くしたという。


 それを引き取ったのが、友人のママ。

 夜の店を営む女性だそうだ。



「ある日、仕事で飲みに行くと、制服でカウンターに立つ少女がいた。住まわせてもらっているから、と忙しいママを一生懸命手伝っていた。それが日ノ宮さんだった」



 満足に食べることもできず、学び続けるにも金銭的に難しく、働けば酔った男性に絡まれることもあった。


 そんな姿を放っておけず、ママに許可をとり、うちに連れてきたという。



「日ノ宮さんに信頼とは違う想いを寄せられていることは知っていた。それでも、あのままあの劣悪な環境に身を置けば、彼女の人生は母親と同じになってしまう」



 彼女に家族をもたせてやりたかった。

 そう力なく言う父さん。

 彼女を心から思う、真に繋がった家族。


 父さんの願いどおり、日ノ宮さんは充実した日々を過ごした。腹一杯飯を食い、学びたいだけ学び、一切の不安も不満もなく。



「できる限り、穏やかに暮らしてほしかったんだけどなあ」



 申し訳ないことをした、とすっかり肩を落とす父親に、俺は大丈夫だよと答えた。

 それはなんの根拠ない言葉だったが。

 そう言うことしかできなかったから。


 明日も明後日も美味しいものを作っていこう。

 日ノ宮さんの好きな肉料理をたくさん。

 少しでも彼女が笑顔になれるように。


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