第20話 間接キスの嵐②
「わわっ、美味しそう!」
リビングに現れて、まずは一言。
ここ最近の出来事などまるで頭にない振る舞い。日ノ宮さんはテーブルに並んだ夕飯を前に小躍りしていた。
今日のメニューは豚バラ大根に、朝のスープの残りと海藻サラダ。日ノ宮さんにはデザートにヨーグルトが買ってきてある。
父さんの身体を気遣った和食メニューだが、当人は仕事で帰りが遅いので、またふたりだけの夕食だ。
「そういえば、葵と仲よかったんだ?」
黙々と食べる日ノ宮さんの箸先だけを眺めながら、なんでもないように問う。
「ん......ちょっと待って」
箸でつまんでいた大根を頬張る。
頬袋が膨らんで、ハムスターのよう。
「ふふ、おいひい......えっとなんだったっけ?」
「いや、葵と仲いいのかって」
「ああ、葵ちゃん。うーん、仲いいってよりは、同じグループの子って感じかな。いっしょに授業受けたり、お弁当を食べたりするけど、お互いあんまり深く関わってないし」
「ふーん、そっか」
ふたりは本当に仲がいいのか、空き教室で問い詰められてから学校での様子を観察していたのだが、確かに葵は日ノ宮さんと行動をともにしていた。
葵のほうは「ひののん」呼びしてるくらいだから、てっきり深い仲なのかと思ったが。女子の関係というのはよく分からないな。
器に残ったスープをぐいっと飲んだ日ノ宮さんは、いったん箸を置いて、こちらを覗きこんだ。
「だから、光くんが葵ちゃんとそんな仲になっても、別に気にならないよ、わたしは」
「......あっそ」
「ママは光くんに高校生活をエンジョイしてほしいからね」
そう言って、食べきったお皿をキッチンに運び、リビングを出ていってしまった。
「......自分だって、高校生じゃん」
日ノ宮さんの高校生活は、言わずもがな、父さんによって輝いているのだろう。
2階からぴょんぴょん跳ねるような足音が聞こえる。父さんとふたりの頃には考えられなかったことだ。まさかこの家で、俺でも父さんでもない、誰かの音を聞くようになるとは。
しばらくして、階段を下りてくる気配。
リビングのドアが開き、日ノ宮さんが入ってきた。
「またタオル忘れるとこだった......」
「あー......バスタオル」
俺の脳裏にはまた肌色多めの日ノ宮さんが。
動揺を悟られないよう、棚へと向かう。
先週末、父さんが日ノ宮さんの生活用品をいろいろと買ってきた。ピンクのバスタオルもそのひとつ。1度洗濯して、今は棚の2段目に入っている。
「はい」
「ありがと」
タオルを受け取って、くるりと身をひるがえす日ノ宮さん。しかし、少々勢いがつきすぎたようで。軸足が滑り、バランスを失った身体は後ろに大きく傾いた。
「日ノ宮さんっ」
助けなきゃ、と夢中になって伸ばした腕。日ノ宮さんの後頭部が床にぶつかるのをなんとか防ぐ。
そう、防げたのはよかったのだが。
「んっ、......ん!?」
前腕に絡む艶やかな長い髪。
反対の腕で支える腰はちょっと柔らかくて。
それから......それから......
俺の目と日ノ宮さんの目がぴたりと合う。
その距離、3センチ。
唇は温かくふわりとしたものに包まれている。
これは、まさか──
「ご、ごめっ」
「あ、あ......」
声にならない声を上げる彼女を支える。口元を押さえて、立ち上がる日ノ宮さん。途端、顔を隠してリビングを走り去っていった。
俺はさっきまで温もりを感じていた部分に触れ、呆然とする。
バスタオル越しとはいえ、あれは間違いなくキスだった。日ノ宮さんの息を、その温かさを、確かに感じたのだ。
「ヤバい、心臓が、もたないかも」
間接的なキスによって、俺と日ノ宮さんの関係は、少しずつ変わろうとしていた──
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