幕間① ママとお買いもの
「これとこれ、どっちがいいかな」
日ノ宮さんが上目遣いで聞いてくる。
左の手には大きなブロッコリー。
右の手にはよく熟れたトマト。
「トマトがいいよ」
「うん、分かった」
日ノ宮さんはブロッコリーを棚に戻すと、カートに乗せたカゴにトマトを丁寧に入れる。俺は精肉コーナーを指差し、カートを押し進めた。
放課後。
俺と日ノ宮さんは買いものに来ていた。
夕飯の買い出しのためだが、家の近くのスーパーだ。人に見られる危険性がある。だから、なるべく早く済ませなければならないのだが。
「うーん。お肉、ちょっと高い、かも?」
こうしてふたりで買いものをするのは新鮮で、この時間をゆっくり味わっていたい気もする。
「いいよ、今日は」
「ほんと?」
「父さんから許可ももらってる」
「そっか、嬉しい!」
にこにこと肉を抱える日ノ宮さん。
心なしかテンションも高い。
肉好きとは、意外だ。
野菜や甘いものの方が好きそうなのに。
「そうだ、日ノ宮さん」
「ん?」
「アレルギーとか嫌いな食べ物ってある?」
「んー、ないよ。基本、なんでも食べる」
「そっか、それはつくる側としてありがたい」
「んふふ、そういう光くんは?」
「俺は......きのこが苦手」
「きのこは身体にいいのに」
「形がなければ大丈夫だよ」
「じゃあ、細かく刻まないとね」
買いものカゴに肉を入れて、日ノ宮さんは調味料コーナーに目を向ける。スープを作りたいそうだが、ほとんどのものは家に揃っているので、次の加工肉コーナーに足を進めた。
「そういえば、さ」
生ハムにしようか、ハムにしようか真剣に悩む日ノ宮さんに声をかける。日ノ宮さんは顎に人差し指を当てたまま、振り向かない。
「どうして、胸に触らせようとしたの?」
「ひっ、光くん、そんなこと、ここで......」
「いや、理由は聞いたけど、その発想に至った過程は聞いてなかったから」
「それは、うーん、そうだけど」
周囲の様子を伺いながら、日ノ宮さんはむにゃむにゃと答える。幸い、そばには誰もいない。日ノ宮さんは真っ赤な顔をして、言葉を続けた。
「子どもって、マ、ママのおっぱい、好きでしょ?」
「まあ、そうだね」
「だから、胸を揉めば、少しはママって思ってくれるかなあって」
「それはないな」
「ない、かな?」
「ないよ、普通に考えて」
そうかなあ、と日ノ宮さんは近くにあった生ハムを手に取る。しばらく考えて、やっぱりハムを選んだ。値段と相談した結果だろう。
日ノ宮さんは商品をカゴに入れつつ、おずおずと俺を見上げた。
「でもさ、光くんはわたしの胸、嫌い?」
「いや、嫌いとかそういう問題じゃ」
真っ直ぐな目を見ていられなくて、視線を逸らす。その先には赤く熟れた、ふたつの大きなトマト。
ふと思い出す。
日ノ宮さんのふたつの大きな膨らみ。
「そ、そそ、それより、スープにクルトンを入れたらいいんじゃないかな?」
「あ、誤魔化した」
「誤魔化して、ない」
「じゃあ、好きなの、嫌いなの?」
声をかぶせるようにして聞くなり、日ノ宮さんが顔をぐいっと寄せる。少し赤みがかった大きな瞳がもう目と鼻の先だ。
「す、すす好きだから、ちょっと離れてもらえる、かな、日ノ宮さん」
「え、あ、ああっ、ごめん」
ついつい気になっちゃって、と急いで離れる。日ノ宮さんは両頬に手を当てて、照れたようにそっぽを向いた。
「......買いもの、済ませちゃおうか」
「そ、そうだね」
それから、牛乳・乳製品や朝食用のパンを見て回り、買いものを終えたのだが、日ノ宮さんの頬はまるで生ハムのように薄く桃色のままだった。
「......いつか、光くんに揉んでもらえたらな」
とかいう、日ノ宮さんが溢した破廉恥まがいのセリフが一番のご馳走だったとは、後にも先にも言えない。
......あのセリフと潤んだまんまるの瞳、領収書つきで買い取りたいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます