双狂 6(終)


「――ということがあったのよ」

 出された麦茶を飲みながらそう話すのは、ソファに座った燐音だった。その隣りに座っているのは、黒玉だ。

「そうかそうか、大変だったな。飴をやろうじゃないか」


 そんな二人に向かって、常備している飴を配るのが、ソファの向かい側に座った琥珀である。隣には、半眼になった社が座っている。

 ここは、烏堂特殊清掃の事務所。急にやってきて、こんな話をし始めた相手に対して、社がそんな顔になるのは、当然のことだった。


「美少女から渡されたものを拒むわけがないわ」

「……ありがと」

 そんな二人に向かって、社は言う。


「二つ、聞きたいことが有る」

「折角ハイメガ美少女が居るんだから、事務的なやり取りはそちらからしてもらっても? 環境音は美しいほうが世界のためになると思うのだけれども? もっと世界のために行動することを意識してみてはどうなの?」

「……燐音ぇ……」


 冷たい目を向ける黒玉を見て、社はため息を吐いて、頭に手をやった。

「琥珀、頼んだ」

「おう、任された。じゃあまず一つ、ここをどうやって知った?」


 そんな琥珀の言葉に、燐音は満足げに頷いて言う。

「良い質問ね、かわいいかわいいお嬢さん。私がこの場所を知ったのは、単純に共通の知り合いから」

「……奈美川か」

 苦虫を噛み潰したような顔になって、社は言う。

 別に住所やらなんやらを隠しているわけではないとは言え、この面倒な奴に教えてやることもないだろう。


「お喋りだなぁ、奈美川ちゃん」

「御二方が協力してくれるなら、こちらとしてはありがたい限りです、とのことよ」

 燐音は琥珀の方だけを見て言う。

「協力ねぇ……」

 社は訝しむ。


 霊鎧持ちで、戦力としてはそれは期待出来るだろうが、どうにもこうにもこいつは精神的、倫理的に安心ならない。

「まぁ、それはそれとして二つ目、なんで私達の所にその話を持ってきたのか、って」

「……注意喚起よ」

 鋭くそれだけを言う、燐音。


「注意喚起?」

 そう問い返した社に向かって、燐音は頷いた。

 それで、社はこちらは深刻な話なのだ、と認識する。

「はっきり言って、私達はしくじった――と言っていいわ。学校の問題は解決したし、行方不明の女の子だって発見した」


 開かずの間だった部屋はずたずたになって、学校の怪談が強烈になったかもしれないけれども、仕方ないことでしょう、としれっと言う。

「お前な……」

「それはそれとして、私達はあいつを逃したし、その目的も分からない。そしてあいつは、実験と言っていた……それがどういうことか、わからないわけじゃないでしょう?」

「……本番が有る、ということか」

「そうなるわね」


 社は燐音の話を思い出す。

 学校という小規模な世界を使った実験。それで得られたデータを元に、何かをするのではないか。

 

 それも、実験よりももっと大きな何かを。

 そう考えるのは、当然のことだ。

「そうなった場合――」

「無論、戦うしか無いだろうさ」


 社に向かって、琥珀が言う。

「降りかかる火の粉は、というやつだろう、社?」

「振ってきた隕石、ではないといいがな」


 実際、そのくらいの危険性は有る存在だろう――と、社はその防毒面ガスマスクの男について認識していた。

 魔術的なサイボーグ。それも、伝承礼装エピックウェポンを複数使用可能となると、脅威度としてはそこらの悪霊など目ではない。


 ましてや、同じ霊鎧持ちである燐音が仕留めそこねたというのであれば、その実力は達人アデプト級だと見たほうがいい。

 ふぅ、と燐音はため息を吐いた。


「久しぶりに、敗北感を味わったわ……悪霊や怪異より、本当に恐ろしいものは、私達人間かもしれないわね」

「……燐音が言わないで」

 黄昏れるように視線を窓の外にやった燐音に向かって、今まで茶菓子を食べて黙っていた黒玉が、冷たく言った。

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