雀卓の上の戦争 6(終)


「しかし、麻雀卓が異界の親だったとはな……」

 社は言いながら、パステルカラーの皿に乗った寿司を摘む。

 器物が異界の親である、ということ自体は、別段おかしいことではない。

 長年使用され、人の思いが籠もった物が怪異となるという、所謂付喪神現象は、広く世に知られている。


 生霊などというものが存在するように、死者が絡まずとも、人の思い、想念は悪霊による異界化に近い現象を引き起こすことも有る。

 そもそも、悪霊こそが、死したるものが残した想念だと言えなくもない。


「正直、最初から、あの四人の人間の中に異界の親は居ないだろうな、という気はしていたさ……おっと、なんかホームズっぽいな私」

 テーブル越しに座った琥珀は、ミルクレープをスプーンで突きながら、にやりと笑った。

 社から見て左手には機械のレーンが回っており、その上には色とりどりの皿、そこに乗せられた寿司が流れている。


 二人が来たのは、回転寿司店だった。事件解決の手柄として、社が琥珀にどこか好きな店を、と言った所、回転寿司をリクエストされたのだった。

 平日の日中ということもあって客足は少なく、レーンの上を回っている寿司も少ない。


「ホームズっぽいかどうかはともかく、それはなんでだ?」

「何、簡単なことだよワトソン君」

「誰がワトソンだ誰が」

「この行動が、特定の誰かの勝利を目指した行動にはとても思えなかったからさ――あ、私の分、チョコレートケーキよろしく」


 レーンの上に取り付けられた、注文用タッチパネルでシメ鯖を注文しようとしていた社に向かって、琥珀は言う。

「お前、自分からリクエストして回転寿司に来たくせに、寿司を食わなさすぎだろう……ケーキバイキングじゃないんだぞ」


「社こそ、なんだそのマグロ、イカ、鯛、コハダ、シメ鯖ってチョイスは。寿司屋に来たんだから、一通り寿司を食わなきゃなーって気分にでもなってるのか? 回転寿司でそんな事考えるほうがバカバカしいってものさ。お前だって、本当はそのプリン・ア・ラ・モードを注文したいんだろう……?」

「ぐ……やかましい。そんなことより、話の続きだ」


「おっとそうだったそうだった。あのスジモン君の話、違和感が無かったか?」

「違和感……?」

「ゲームをしていたのに、誰がトンで終わったか、は説明したけれども、誰がトップだったか、は全く話題にしなかっただろう?」

「言われれば確かに」


 依頼者の言を思い出してみると、確かにそうだった。麻雀というゲームに疎いとはいえ、この辺りに気付かなかったのは失策か、と社は寿司を摘みながら考える。

「プレイヤーが親であるならば、伝説の一夜を再現する、その上で自分がトップを取る、が目標になるのが自然だろう、と思えたのさ」

「納得だ」


 と、社が頷いたところで、注文品の目印がついた皿が回ってくる。シメ鯖のものと、チョコレートケーキのもの。つまり、社達の注文した品だ。

 それを取りながら、社は言う。

「では、そこから何故雀卓まで考えが飛んだ? あの場にあったものは、別に雀卓だけじゃなかったぞ?」


 確かに、中央には麻雀卓があった。だが、他にもそこにあったものは、点棒や麻雀牌など多岐に渡るし、そもそもあの建物自体が、ということも考えられなくはない。

 その中で、雀卓が異界の親であると断言できた理由とはなんなのか。

 問われて、琥珀が答える。


「まず、あの雑居ビルが異界の親だというのは考えにくかった」

「その理由は?」

 社は、ミルクレープとチョコレートケーキを交互に突く琥珀を半目で見ながら言う。


「単純な話、雀荘は潰れたが、あの建物を取り壊すという話は無かったからだな。それに、建物自体が異界の親と化したなら、雀荘だけが異界化しているというのも違和感がある。建物のほうが付喪神化していたなら、別の形の事件になっていただろうさ」

「そこはそうだな」


 あのビルの中でも、階段は別に異界化していなかった。雀荘部分だけが異界化していたというのは、説得力が有る。

「それで、雀卓以外の小道具が異界の親か……というと、まぁ候補として考えたのは、雀牌と点棒だが、それも無いだろうな、と見た」

「その根拠は?」


「干渉の範囲だよ」

「……どういうことだ?」

「これはまぁ、打った私じゃないと分からないことだろうけど、あの麻雀は普通じゃなかった」

「いや、それはまぁ、見ていれば分かる」


 あれだけ自信満々で出ていった琥珀が、何も出来ないまま点棒を奪われ、最終的に意味の分からない打牌をするに至ったのだから、と社は考える。

「どこまで普通じゃなかったか、は分からないだろう?」

「まぁ、そうだな」


「それで、やってみた私には分かったわけだけれども、あの麻雀で干渉が行われたのは、配牌と自摸だけだったんだよ」

「それで、何が分かるんだ?」

 ふふん、と得意げに鼻を鳴らして、琥珀はチョコレートケーキを口に運ぶ。


「それだけしか干渉が行われなかった――つまり、勝手な点棒の移動も、切る牌の制御も行われなかった、ということだよ」

「あぁ、なるほど……」

 もしも点棒自身が異界の親、付喪神で有るというのならば、それはまぁ当然のこととして点棒の移動によって点数の制御を行い、ゲームを続行させる筈だ。


 雀牌自身が付喪神であるならば、手牌に移動した後、自ら倒れる形で和了などを制御する筈だ。琥珀の手牌の形には、和了形になっているものもあった、牌が勝手に倒れてしまえば、それで和了になり、琥珀の点棒を回復させてゲームを続行させられた筈だ。

「つまり、雀牌も点棒も違う。まぁ、それを確定させるために、私は敗北ギリギリの点棒にして、対局の制御出来る範囲を制御した――ってところかな」


 琥珀をトバすわけにはいかない。そのためには、誰かが自摸和了してはいけない。誰かが琥珀から出和了してもいけない。二局目からは、流局して誰かが聴牌してもいけない。

 そして琥珀は和了るつもりがない。点棒は増えない。

 そういう状況の制御をしなければならない――という制限を、異界の親にかけた。そんな全力を出さなければならない状況で、点棒の移動も、勝手な和了も無かった。それが、琥珀の推理の根拠というわけだ。


 思わず、社は手を鳴らした。それを見て、琥珀が訝しむ。

「なんだ、気持ち悪い」

「いや、実際見事な探偵ぶりだったんでな。いつもと逆の立場になってしまった」

「ふふん。そういう事もあるさ」


「探偵ついでに、一つ聞きたい」

「おっとなんだい」

「事件の動機」


 問われて、琥珀はケーキを突く手を止めた。

「そうだな。それは、社にはわからないかもな」

「琥珀には分かるのか?」

「まぁ、分かるとも。あの雀卓は、付喪神化していた。伝説の一夜、なんてものが行われて、人の想念が籠もっていただろうからな。その上で、まだまだ使えるのに、このままでは廃棄されようとしていた」


「……そうだな」

「その結果、あの雀卓はこう思ったんだ。もう一度、正しく使われたい――ってね」

「なるほど……」


 もう一度輝きたい。全盛期の姿を再現したい。それこそが動機だったというわけだ。

「道具としては、正しく使われたい、活かされたい、という思いはあるものさ」

「お前にもか?」

「まぁ、そうだね」


「……あー……」

「どうした?」

 琥珀に問われて、社は言葉に詰まった。

 俺はお前を正しく使っているか? 活かしているか? そう問おうとして――言葉が出てこなかったのだ。


「いや、なんでも無い」

 社はタッチパネルを操作して、プリン・ア・ラ・モードを注文した。

「なんだ、やっぱりお前も頼むんじゃないか」

「やかましい」

 そうとだけ言うと、社は注文したプリン・ア・ラ・モードと、自らの事務所で場所を取ることになった、修理された全自動麻雀卓へと思いを馳せた。

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