雀卓の上の戦争 5
――これでいい。これでいいんだよ社。
にやりと笑いながら、琥珀はまた必要牌を河へと叩きつける。
こうして、この局を終えることが出来れば、大体のことは理解出来るはずだ。
――大事なのは、何故なのか、だったんだ。ふふふ、最初に言ったことを忘れていたよ。
そう、何故なのか――つまり、理由をこそ考えるべきだったのだ。手牌をどうするのか、ではなく。
何故、配牌は良いのか。で有るにも関わらず、最速で和了れないのか。
運や流れといった、通常の意味でのオカルトは有り得ない。
ならば、どうしてそうなるのか――? そこには何者かの意図が存在することになる。
どのような意図で、琥珀にそんな牌を配るのか。
琥珀の特徴は何か。
それは、この卓唯一の新参者であるということだ。
つまり、これは新参者に対する教育なのだ。
この卓ではどのようなルールで麻雀を行っているのか。それを教育するための牌。
そして、何者かが意図を持って牌を配っているとしたら、その最終目的は何なのか? それは社と一緒に推測したが、伝説の一夜の成立――つまり、誰もトバないまま朝を迎えることだ。
では、そのためにすることはなんだろうか? 誰もトバないようにバランスを取ろうとすることだろう。
その上で、こんな行動をし始めたらどうなるのか。
「む……」
三人の男達の顔が変わる。
行動も変わってくる。河に叩きつけられる牌が自摸切りばかりになってくるのだ。
そして自摸切りばかりが続いて、山から牌が無くなり、今回の局は流れる。
三人は手牌を広げ、琥珀は手牌を伏せる。三人は聴牌し、琥珀は出来なかったということだ。その分のペナルティ――罰符を、琥珀は払うことになる。
これで、次も同じ数の点棒は払えなくなった。
流局したら罰符でトビ。振り込んだら当然トビ。誰かが自摸和了でもトビ。
だが、琥珀はにやりと笑った。
――予想通りだ。
和了が出なかったので、東四局はもう一回続けられる事になる。
牌を中央に入れると、全自動麻雀卓は勝手に牌を混ぜ、山を積んでくれる。その山から、牌を取ってくる。
「う、うーむ」「ほうほう」「チッ……」
三人の男達は、それぞれ不満そうな表情を浮かべる。一方、琥珀は――
「うむ」
笑みを浮かべた。琥珀の配牌は、その時点で聴牌していたのだから。
牌が切られる。そして、琥珀の手番。自摸。
持ってきたのは、和了牌だった。
――なるほどね。
にやりと笑う。最初の自摸牌で自摸和了した場合、地和という役満になる。このまま手を倒せば、琥珀はその和了の権利を得る。
だが――
琥珀は自摸ったその牌を、河へと叩きつけた。
そのまま、ゲームを続ける。
そう、こうなるのは分かっていた。ゲームを続けたいなら、想定外の動きで点棒を減らした琥珀を、無理矢理にでも補填しようとする。
昨日までの卓でも、こうやって配牌と自摸を制御することによって、ゲームの展開自体を制御しようとしていたのだろう。琥珀はそう、推測する。
ゲームは続く。
「おや、またですか……」
禿頭の老人がそう言いながら、牌を自摸切りした。
禿頭の老人だけではない。ゲーム開始からずっと、全員が全員牌を自摸切りしているのだ。
ただ、引いてきた牌をそのまま河に叩きつけるだけ。終盤ならともかく、序盤からは常識的に考えて有り得ない展開だった。
琥珀もまた、全ての牌を自摸切りしていた。
琥珀が自摸ったのは、全てが当たり牌。手を倒せばいいだけの牌だ。それが切れたら、手替わりしてすぐに別の待ちで聴牌出来る牌だけが来る。
――なるほどなるほど、そういう感じか。
そうやって牌を回されることによって、琥珀は理解していく。
この異界の親の、限界と言うものを。
さらにゲームは続き、全員の手牌の更に先には、自摸切りした牌だけで出来た河がどんどんと伸びていく。
しかし、それも当然無限には続かない。
最後の一牌が自摸られ、やはり河へと叩きつけられる。
流局。
「こんな事も有るものなのですねぇ……」
中年の声に合わせて全員が手牌を伏せた。流局、そして全員聴牌無し。
誰も聴牌が無かったので、この局は流れて、次の局へと映ることになる。
そのために、手牌を卓の中央に集め、そこから卓の内部へと入れる必要がある。
だが――
「その必要はないよ」
それに従わないものが一人。琥珀だ。
琥珀は手牌を伏せたまま、立ち上がって続ける。
「ここでゲームは終わりだ」
「おい嬢ちゃん、一体何の――」
「社!」
サングラスの男の言葉を意に介する事無く、琥珀は高い声を上げる。それを聞いた社は、頷くと高速で一歩、卓に向かって踏み込む。
同時に、琥珀の身体が光の粒子となって解けた。光の粒子は社の身体を一瞬で覆い、装甲へと変じる。
黒と琥珀色の鎧――霊鎧・ブラッドアンバー。
これこそが、二人の真の姿なのだ。
『霊鎧・
「琥珀、敵は誰だ?」
突然の事に驚いてか、逃げる様子もなく目を丸くしている三人全員に視線を配りながら、社は鎧となった琥珀に向かって言う。
対して、琥珀の返答は――
『誰でもない、それだ!』
「了解」
社は送られてきた情報から、異界の親を理解する。
社は右腕を大きく振りかぶると、踏み込んだ勢いのまま、それを雀卓の中央へと叩きつけた。
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