雀卓の上の戦争 4
かくして、社と琥珀は一旦烏堂特殊清掃の事務所に戻り、夜になってから再度現場の雀荘へと向かった。
向かう頃合いは、依頼者の男の様子がおかしくなってから。
依頼者の男は、勝手に雀荘へとやってこられないように、簀巻きにして事務所の床に転がしておいた。
――まぁ、多少のたうちまわるかもしれないがさしたる問題ではないだろう。
とは琥珀の弁。
外からビルを見ても、日中とは違う空気が有るように二人には見えた。
そのフロアだけまるで豪雨が降った後のような、何か淀みのような、じめっとした嫌な気配を濃厚に纏っている。
「一つ目の仮説は外れだな、社」
首を傾けて現場を見上げながら琥珀は言う。
「つまり、突っ込むだけの理由が出来たってことだ」
「その通り。さぁ、むこうぶちと行こうじゃないか」
無意味に右腕をぐるぐると回すと、琥珀は社に先行して階段を登っていく。
「むこうぶちってなんだ……?」
そんな琥珀のテンションの高さを全く理解できず、社は琥珀の後に続く。
「たのもー!」
階段をあっという間に登ると、大きな音を立てながら、琥珀は雀荘の扉を開いた。
音に反応して、中に居た人間が皆、社と琥珀の方を見る。
そこに居たのは、依頼者から話を聞いた通りの三人だった。
「おっと、嬢ちゃん。ここはあんたみたいなのが来るところじゃねぇぞ?」
サングラスの男が言う。
「家に帰って。寝る時間ですよお嬢さん」
これは禿頭の老人。
「いやぁ、まったくですねぇ……それにしても、あのもうひとりの方はどうなさったのでしょう?」
続く太った中年。
「そいつなら来ないぞ」
開いたままの扉をスタスタと通り抜けながら、社が言う。その、葬儀屋めいた様相に、三人の男達は目を奪われた。
「そういうわけで、代打ちが入らせてもらう」
「ほう……では、あなたが代打ちですか」
禿頭の老人は、視線を社から動かさずに言う。
「いや、俺じゃない」
「私だ」
得意げに言葉を発した琥珀を、三人の男達は、おまえは何を言っているんだ――? とでも言いたいかのような怪訝な目で見た。
「本当にか、兄ちゃん?」
「本当にだよ」
「そうさ、この男と来たら、学生時代にゲーセンで脱衣麻雀を打ったことすら無いくらいなんだからね。そりゃ私が出るしか無いというものさ」
「おい」
なんだそれは、と社は言う。実際やったことはなかったが、そんな事をアピールする必要はないだろう。
「まぁ、そんな事よりも、四人打ち手が揃った、ってことの方が大事なんじゃないかな?」
琥珀はにこっと笑って三人の対局相手を見渡した。
:――:
琥珀の言う通り、四人揃っていれば麻雀は打てる。そのことの方が、この三人の男達にとっては重要なようだった。
琥珀を代打ちとして受け入れ、麻雀は始まった。
始まった、ということは、特定の四人が必要というわけではなく、四人集まりさえすれば良いということになる。
そうして四局目までやってきたが、ルールに詳しいわけではない社からしても、状況が良くないことが分かる。
何せ、点棒が一人だけ露骨に少ないのだ。
このペースでいけば、この局で点棒は無くなる。そうなった場合、どうなってしまうのだろうか――?
社は考える。
負けた場合、その時点でゲームは終了になってしまう。問題はその後だ。
開局に必要なのが、最初にゲームを始めた四人でない以上、次のゲームに最初の四人を求めるというわけではないのだろう。
ならば、依頼者の男に変わって、この麻雀に琥珀が囚われる事になるという可能性は、大いにある。
――流石にそんな目に合うのは勘弁して欲しいところだが……
そんな事を社が考えた東四局。
琥珀はやはり、自分の手番で切る牌に悩むことになっていた。
自分の手牌を眺め、選択肢に迷い、周りから煽られる。それは普段の、自由でふわふわとした琥珀の様子からは想像も出来ないものだ。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。
「待たせて済まなかったね」
そう言うと、琥珀は手牌の中から一つを切り出した。
「……ん?」
河に置かれた牌を見て、思わず社は声を漏らした。
ルールはそこまで把握していない社でも分かる。琥珀は揃っている面子を切り出した――つまり、自ら手を崩した。
それは、次の牌からも続いた。入ってきた必要牌を切る。不要牌なら抱え込んで、使っている牌を切る。自ら、手を悪く、バラバラにする方向へと進めていく。
和了るつもりが無い――などというレベルではない。それはまるで、高速道路を逆走するかのような行為だった。
――そんな事をして何の意味があるんだ、琥珀?
琥珀に麻雀の事は全て任せたとは言え、ついついそんな事を思ってしまう。
手出しの牌で面子が出来ていたりする辺りから、その奇妙な行為に、対局相手の三人も気付いたようだ。
「おやおや、そんな事をしていて平気ですかねぇ?」
「まぁ、無意味なことというわけじゃあないよ」
煽るように言う中年男性に向かって、琥珀はそう言う。その表情には、焦りも衒いも感じられない。余裕を部屋着のように当然として纏っている。
もっともそれも、ポーカーフェイスの一つなのかもしれないが――
――いや、この場合は麻雀フェイスなのか――?
そんなどうでもいいことを考えるくらいしか、社には出来ることはないのだった。
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