盗賊紛い 2


 立ち入り禁止の柵が黄色いプラチェーンで繋がっている。

 こうして日常と非日常を区切るのは、魔術的な結界とほぼ同様の意味があるといえる。その結界によって区切られているのは、高層マンション――正確には、そのなりかけだった。


 高層マンションとしては珍しい、横に長い長方形――所謂、板状マンションの形状をしたそこは、屋根を未だ持たず、骨組みを剥き出しにした、建設中のものなのだった。

 しかし、建設中にしては人の出入りもなく、物音も無い。平日の日中であるにも関わらずだ。

 そんな高層マンションの前に、人影が二つ。


 一人は青年、一人は少女。それは烏堂 社と、琥珀の二人だった。

「なんとまあ、静まり返って」

「当たり前だろう、誰も居ないんだから」

 マンションの最上部を見ようと首を傾けている琥珀に向かって、社は言った。


 この二人が来ているということからも明らかなように、この建設中の高層マンションは事故物件であった。


 ――ここで起こった事故は、このようなものだ。

 それ自体が相当不味い行為だが、荷物を積んだクレーンに、乗り込んで一緒に上に行こうとした人間が居た。

 クレーンの操作ミスに、突風が重なり、積み荷と人が落下する事故が起きた。

 更に悪いことに、落下地点には複数の人間が居た。

 結果として出来上がったのは、複数の人間の死肉が原材料の、凄惨かつ歪な肉団子だった。


 当然のことながら、建設工事は中断。安全管理の見直しを図るために、調査が入ることになった。

 そこで、また事件が起きた。

 調査に入ったのは四人だったが、マンションから帰ってきたのは二人だけだった。


 そして帰ってきた二人も、相当な精神的な衝撃を受けている状態だったという。まともに会話もできない状態の生還者からなんとか得た情報は、あのマンションはおかしい、怪物が動き回っている――というものだった。


 調査でも行方不明者が出たこと、また、帰還者の明らかにおかしい言動から、これには通常ではない対処が必要だ、という意見が管理者側から出た。

 通常でない対処――即ち、拝み屋、霊能力者による介入が必要という意見が。


 回り回って、依頼が烏堂特殊清掃へと持ち込まれ、それを社と琥珀が受けたことで、二人が現場へとやってくることとなったというわけだった。

 烏堂特殊清掃へと持ち込まれる依頼のうち、奈美川から持ち込まれるものの割合は大きいが、別にそれ以外の場所から持ち込まれた依頼を断ったりするわけではない。

 むしろ、公的機関を介さない分、直接持ち込まれる依頼の方が、社達の取り分は大きく、有り難みは大きい。


 なので、社も仕事を受けたわけだが――

 ――厄介そうだな。

 マンションを眺めながら、社は思う。


 そこからは、いかにも嫌な雰囲気が漂っているのが分かった。社達に依頼を持ち込んだのは正解だ、ここには何かが居る。

 悪霊か、或いはそれ以上の何かが。

 ならば、行かなければならない。


「行くか」

「おうとも」

 プラチェーンの結界を、社は跨いで、琥珀は潜って通り抜ける。

 二人の身体が完全に敷地内に入った瞬間、周囲の気配がガラリと変わった。温度が下がったような、湿度が上がったような、そして……誰かに見られているような。


「おお、これはこれは……何人も一度に死んだだけのことは有るな」

「やっぱり、違うか?」

 琥珀に向かって言いながら、社は足を前に出す。

「んー、規模が違う感じはあるなー。あのマンション、まるまる一つおかしいことになってるぞ」

 その横に、琥珀もまたぴたりとならんで歩く。


 ゆっくりとした歩みで、二人は淀んだ空気の中を行く。危険と知りつつ、歩みが止まることも、遅れることもない。

 相手がなんだろうと、依頼を受けた以上は、ただ、いつもどおりのことをいつもどおりにする、それだけの事だ。


 そうして、二人はマンションの中央玄関前に辿り着いた。

「さてさて」

 言いながら、琥珀はスマートフォンを取り出して、その中に記録されたマンション内の見取り図を開く。


「ダンジョン攻略前にマップが有るなんて楽でいいと思わないか、社。RPGだったら、歩いてマッピングするところだぜ?」

「ゲームと現実をいっしょくたにするなよ」

「いやいや、エンジョイが必要なのはどっちも一緒だろ?」

「これは仕事だ、仕事」


 言いながら、社は琥珀の表示した見取り図を見る。

 マンションの構造は、中央のホールにエレベーターが有り、そこから両サイド――東棟と西棟分かれる形で、部屋が伸びているような形になっている。


 そして各棟の端に階段が有る。完成すると全二十階となる予定だが、半ばほどで建設は終わってしまっていた。

「なぁ、社。建設中のマンションって、エレベーター動いてると思う?」

「そんなわけ無いだろう」

「でーすーよーねー」


 言いながら、琥珀はがっくりとオーバーに肩を落とす。

 社もその気持ちは分からないでもない。マンションを只管階段で上を目指して登れ、というのは、なかなか厳しいものが有る。


「諦めて行くぞ」

「そうだな……いざとなれば、私は社に着てもらうとするか」

「おい……」

「なんだ? おぶってもらおう、とかのほうが良かったかね、社くん」

「もういい」


 溜息を吐いて、マンションへと社は近づいていく。エレベーターも動いていないにも関わらず、マンション中央ホールの入り口は、社が近づくと勝手に開いた。

「おっと、置いて行くなよ」

 それを琥珀が追いかけていた。

 二人が完全に中に入ると、まるで獣が餌を飲み込んだかのように、マンションの入口が閉じられた。

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