熱帯夜の決戦 2
最初に口を開いたのは、緋色の少女――珊瑚だった。
「嬉しいですわ嬉しいですわ。昨夜はあんなに脇目も振らず逃げ出したのに、ちゃんとお招きどおりにお姉様が来てくれるなんて。なんてなんて素敵なことなのかしら♪」
「そうだな。まずは来てくれたことを感謝しよう、同盟国の青年よ」
それにアインが続いた。
話したのは、存外にしっかりした日本語だった。
そんなアインを、琥珀は睨みつけていた。
「何故ここに来た、というか、何故今更出てきた」
「封が開いたのは偶然だ。偶然開くまで、八十年近くかかってしまった」
「そのまま朽ち果てていればよかったんだ、お前なんか」
苦々しく吐き捨てる琥珀に向かって、珊瑚が言う。
「あら、いけないわいけないわお姉様。マスターに向かってそんな言葉を吐くなんて。上品ではないわ上品ではないわ」
言葉は非難しているが、言葉は楽しげ。まるで言葉が舞い踊っているかのよう。
「アインはもう私の持ち主じゃない」
「問題はそこだ」
アインが言う。その目線は琥珀ではなく、社に向けられていた。
「青年よ、その霊鎧、ベルンシュタインは我らが第三帝国が作った、第三帝国のための兵器だ。君が持つべきものではない。故に――返却してほしいのだ」
社はそれに答える。
「俺が返却したとして、それでお前はどうするつもりだ」
「無論、第三帝国の再興、その一助となってもらう」
恥ずかしげの一つもなく、胸を張ってアインは言う。
それが当然、それが自然とでも言うかのように。
――狂っている。
「本気で言ってるのか」
「当然、私は未だ、第三帝国の軍人だ」
そう言って外套の下を、アインは見せる。
そこにあったのは、漆黒の軍服――ナチスの軍服を着ていた。まさかオリジナルではないだろうが、それが意味しているものは変わらない。
社はそれを見て、首を横に振った。
「断る」
「ベルンシュタイン」
続けてアインに言葉を向けられて、琥珀は続く。
「右に同じく」
「強情な」
「本当ね本当ね、お姉様ったら、強情ね。そういうのは良くないわ良くないわ」
歌っているかのような珊瑚の言葉を無視して、社は言う。
「俺はお前を倒しに来たんだ、吸血鬼。それ以上でもそれ以下でもない」
「ほう」
アインが反応する。
有る種の感嘆を、言葉に込めて。
「君に出来るか、日本人」
「俺は掃除屋だ。いつも通りにゴミを片付ける……それだけのことだ」
「尊大だな」
「そう思っていろ……琥珀!」
社の声よりも早く、琥珀の姿が消えて、社は光りに包まれる。
「
現れるのは、黒光りする装甲の霊鎧を纏った社。その右腕、下腕部は四角い箱が生えていた。それは
「消えろ!」
まずは先手を社が取った。
アインを狙い、魔弾タスラムを連射。
「愚かな」
「全くもってその通りね、その通りだわ!」
アインが右手を開き、珊瑚が光る。
そこに殺到する魔弾タスラム。高速で熱の残った夜の気配を斬り裂く。
それを更に斬り裂くものがあった。
赤い剣閃。
それがまるで、稲妻のように空間上に走った。
アインに殺到した筈の魔弾タスラムは、その全てが命中することはなかった。赤い剣閃によって、薙ぎ払われていたのだ。
「
珊瑚の声が響くが、そこに緋色の少女の姿はない。
代わりにアインの右手には、緋色の剣――いや、刀身が伸びた鞭が握られていた。
「宝貝ジンビェン。便利なものだ」
それは封神演義で、殷の大使である聞仲が使用した宝貝、金鞭に由来する
蛟竜二匹が変化した鞭である金鞭は、振るって打ち据えるだけでなく、使用者の意思を越えて動く事も可能である。
そのジンビェンの高速かつ自動の打擲によって魔弾タスラムは全て迎撃されたのだ。
だが――
「知るか!」
社は再度射撃。
アインの対応は、先とは異なるものだった。
まるで足踏みしたとしか見えぬほどの、一瞬の脚の動き。その後に、一瞬で姿が消える。
地を蹴って、回避したのだ。ただ、その踏む力が強すぎてモーションがほぼ見えないだけで。
そうして回避した結果、宝貝ジンビェンは防御をする必要がなくなる。
故に、赤い打撃が飛ぶ。
緋色の影が飛んだ後に、空間を裂く音が社には聞こえた。
音よりも、打撃が早い。
それでも、横殴りの一撃に、左腕を上げて対応する。
「くっ」
破裂音と共に、左腕が内側――鞭が飛んできた方向とは反対側に持っていかれる。
流れる腕で一瞬、社の視界が遮られる。
「どうしたね」
アインの声。
そして、目の前にある、アインの顔。ジンビェンの打擲を追うようにして、一瞬で間合いを詰められていたのだ。
「……!」
反応するより、アインの動きが早い。
腹部に衝撃。左の拳が、腹部に撃ち込まれているのが分かる。
装甲内部への直接打撃――発勁か、或いは
「こうする……さ!」
激痛に身悶えしながら、右腕をアインに当てる。魔弾タスラムの射出機は形成したままだ。
零距離射撃。
衝撃によって、弾け飛ぶアインの左肩。
距離が開く。
「喰らえ」
追い打ち。
しかし、そこにアインの姿はない。アインが居たはずの場所、立体駐車場の足場が、音と共に瓦礫となって四方八方へと吹き飛んでいく。
アインは先と同じく、ほぼノーモーションの跳躍を見せていた。
着地の瞬間、地を蹴って背後に大きくバックステップ。
既にその左腕は再生している。
「ならばこちらも付き合おう、
「そうですわそうですわ、
言葉とともに、赤い銃へと変形する珊瑚。それは長い銃身を持っており、マスケット銃に似ていた。
即座に、その銃口から七連射。
「避けろ社!」
「言われるまでもない!」
射線からはずれようと横へ動く社。すると、七発中の六発が角度を変えて追ってくる。
魔弾フライシュッツ。それは、歌劇・魔弾の射手に由来する
魔弾とは、魔王ザミエルが作った、七発の弾丸。そのうち六つは射手が狙ったものに必中し、最後の一発は魔王が望んだものを射抜くという。
その物語を元にした
回避の手段は、ない。
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