八話 熱帯夜の決戦
熱帯夜の決戦 1
翌朝。烏堂特殊清掃。
軽く休憩を取った社と琥珀のもとに、奈美川からのメールが届いた。
――このような状態の女性が発見されました。
そこに添付されているのは、気を失って、首筋から流血している女性の写真だった。それだけでも、社には昨日襲われていた女性であるということが分かる。
そして倒れた女性の上に、何か文字が書かれた、紙片が置いてあった。
社と琥珀の二人は、応接用のテーブルでそれを見ていた。
「……読めるか?」
社の問いに琥珀は答える。
「当たり前だろう、私はドイツ製だぞ」
「そもそもドイツ語だったのか」
「それぐらい分かっても良いんじゃあないか? 時代は国際化だぞ、社」
「俺は第二外国語は中国語だったんだよ……で、実際何が書いてあるんだ?」
「……場所と時間だよ」
声を沈ませる琥珀。
ドイツ語で紙片に記された時間と場所――それはつまり、あの男からの呼び出しであることに他ならない。
声を沈ませたまま、琥珀は社に問う。
「行くか?」
「行くしか無いだろう。仕事だからな」
昨夜は用意が不十分だった。だが、依頼された以上、これは仕事だ。最後まで逃げてやり過ごすわけにはいかない。
琥珀はそれを聞いて笑う。
「そうだな!」
「問題は、勝ち筋が有るかどうかだ……お前はどう見る?」
言いながら、社は考える。
真っ当に考えて、彼我の戦力差は圧倒的だと言っていいだろう。
少なくとも、自分とアインの差が如何ともし難い。
吸血鬼。それも、ナチスドイツが作り上げた、戦闘兵器とただの人間。スペック差が大きすぎる。
琥珀と珊瑚の方は、コンセプトの差はあれど、霊鎧同士。そこまで差は出ないだろう。
――つまり、穴は俺、というわけだ。
そう考えた社に向かって、琥珀が口を開く。
「勝ち筋は、有る」
断言する琥珀。
「ほう」
「まぁ、私だって総合的な戦力差って意味だと、こっちが負けているとは思うよ、さすがに。向こうがSSRでこっちがSR、リセマラ最強ランキングを見るまでもない感じだな」
「俺の分だな」
自嘲が交じる社に向かって、琥珀は言う。
「否定はしない、しないけど、勝ち目が有るとしたら――お前なんだよ、社」
:――:
指定された時間、場所。立体駐車場。日付が変わる頃。
社と琥珀は、そこまで歩いてきていた。
日中の熱はまだ冷めきっておらず、じわっとした熱気が肌を粘つかせる。
夜の闇の中、立体駐車場は黒い墓標のようでもあった。
そんな黒い墓標の、横に広い入口から二人は中に入っていく。人の気配がない。
「中の人間は死んでいるのか?」
琥珀に聞く社。
「そういう感じはしないし、異界化もしていないぞ」
「元から無人されていて誰もいないのか……或いは」
「
琥珀が口を開く。
緋色の剣――異形の霊鎧、珊瑚。
その装備している
「なんだか分かるか?」
「毒酒・ヤシオリ辺りかな」
それは八岐大蛇退治に使われた、八塩折の酒の伝承をモチーフにした
八岐大蛇を退治するにあたって、須佐之男はまず酒を飲ませた。眠り薬入のその酒を飲んでしまった八岐大蛇は眠り込んでしまい、その間に須佐之男に斬り殺されてしまったというわけだ。
「そんなものまで入っているのか」
「広範囲の無力化って意味だと、便利極まりないぞ。揮発したアルコールですら、何の対策も無ければ通るんだからな」
「……なるほど、毒ガスか」
社は納得する。
対霊、対術者ではなく、戦場で一般的な歩兵を相手に使うことを想定した毒ガス。無力化することだけを考えたなら、その有効性は言うまでもない。
「そういうことだ……ところで社、この場合、どう考えても化学の産物じゃないんだから化学兵器扱いすることに抵抗があるんだが、なんというと良いんだと思う? 良い感じに中二力を感じる名前がほしいわけだけど?」
「知るか」
「釣れないなぁ……そういうところだぞ」
「どういうところだよ」
言いながら、二人は立体駐車場を歩いて登っていく。
アインに指定されたのは、三階。
ぼんやりと、薄暗い明かりが点いた立体駐車場の中。それはまるで、大きな螺旋階段のような構造をしていた。
ぽつぽつと間を空けて車が停められている、スラロームの坂道を進む度に、目的地へと近付いていく。
一つ角を曲がる度に、その存在の圧力もまた、近付いてきていた。
「もうすぐだな」
「ああ」
「準備は出来ているな?」
「おうとも。あいつには言ってやらなきゃならないこともあるしな」
言葉をかわしながら、二人は立体駐車場を登っていく。
そして、辿り着いた三階。
社と琥珀は、二つの姿を確認する。
長身白髪の吸血鬼、
緋色の少女、珊瑚。
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