熱帯夜の怪人 5(終)
月の光が、闇を切り裂く刃のように路地裏に降り注ぐ。
先までの闇黒が嘘のように、路地裏には光が満ちていた。その路地裏に、人の影は三つ。
ぐったりと力を失った、被害者の女性。その首筋からは二筋の血が流れている。
彼女を横たえる、長身で銀髪赫眼黒衣の男。吸血鬼。
更にもう一人――
小柄な少女だった。
横の吸血鬼と同じ――或いは、それ以上に、白い肌をした少女。しかし、その少女を形容する言葉として、白という色を使うのは相応しくないだろう。
少女は、
履いているヒールの高い靴は緋く。レースの手袋も緋く。フリルの付いた夜会にでも向かうかのようなドレスも緋く。その瞳の色も緋く。流れるような長髪もまた血河のように緋く。
緋色の少女は、鼻歌を歌い、くるりくるりと回りながら、吸血鬼の周りで踊っていた。
ひどく、楽しそうに。
愛らしい声音で、少女は歌うように言う。
「マスター、マスター。どうしてお姉様は帰ってしまったのかしら。悲しいわ、悲しいわ。せっかくこんな、極東で出会えたのに。マスターともお話が、きっとあったはずなのに。私だって、色んなことがお話したかったのに」
少女は天を仰ぎ、両手を上げて続ける。
それはまるで、舞台の上で、役者が仰々しく演技しているかのような様子であった。
「私、私、お姉様に褒めてもらいたかったのよ? マスターに使われて、いっぱいいっぱい、色んな相手を切ってきたのに、綺麗な綺麗な血でお化粧してきたのに。悲しいわ、とてもとても悲しいわ」
「コラレ」
緋色の少女に向かって、吸血鬼は言う。
「君の言うとおりだな。旧交は温めるものだ。数十年ぶりともなれば、それは尚更というものだ」
「そうでしょう、そうでしょう? つれないわつれないわ、冷たいわ冷たいわ」
「だから、ちゃんと話し合いの場を設けなければいけないね」
彼女には申し訳ないが――と、吸血鬼は、犠牲者の女性を見ながら言う。
「そんな事を言ってはいけないわ、マスター。この
小首を傾げる緋色の少女に、吸血鬼は言う。
「敵ではない人間を無駄に傷つける必要はない。何よりもこの国は同盟国だ」
「あらマスター、それはもう何十年も前の話よ? 第三帝国も大日本帝国ももう無いのにそんなことを気にするなんて、おかしいわおかしいわ」
「コラレ」
言われて、緋色の少女は声を止めた。
「確かに、既に総統は亡く、第三帝国は倒れた。だが、私は帝国軍人だ。その誇りを捨てるわけにはいかない」
吸血鬼は背筋を正したまま言う。その言葉に、濁りも曇りもない。偽りも誤魔化しも、この男には存在しない、というかのように。
吸血鬼の言葉を聞いて、緋色の少女はふふふと笑いを漏らした。
「そうね、そうね、その通りね。マスターはそういうお人ね。まぁ、でも細かいことはどうでもいいのよ、マスターは私を上手く使って、たくさんたくさん血を流してくれれば、それが一番なのだから」
「そうだとも、私は一番お前を上手く使ってやれるし、使ってやろう。そして、それはあいつにしても同じことだ」
「あいつ、あいつって誰かしら?」
「ベルンシュタインのことだ。あいつもまた、我らが第三帝国のものだ。完全に予定外ではあったが、見つけてしまったからには、第三帝国のために使わなければならない」
「ふふふ、そうねそうね、私とマスターとお姉様、三人で一緒。ふふふ、素敵だわ素敵だわ素敵だわ」
お菓子を見つけた子供のように、軽くステップを踏みながら、緋色の少女は踊り回る。
その中心で、吸血鬼の男は直立していた。
吸血鬼の名は、
緋色の少女の名は、珊瑚。琥珀と同じく霊鎧でありながら装甲を持たない、緋色の剣型の呪的兵装。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます