熱帯夜の怪人 4 


 琥珀は続ける。

「試製壱號――アインの、吸血鬼としての本体は肉体でも脳でもなく、呪式だ」

「呪式――」

「まんま、呪的なプログラムだな。死体にそれを寄生させて、身体を動かしているわけだ。ある意味、死体というモノに取り憑いた器物霊のようなものだよ、あいつは」


 説明を聞いて、社が思い出したのは、蟻に寄生する有る種の菌類だった。

 その菌類は蟻の身体に侵入し、そのコントロールを得ると、蟻を自らの繁殖に都合のいい場所に移動させる。その身体を苗床にして増殖し、また別の蟻に寄生する――そんな菌類だ。


 菌類は肉体のコントロールを乗っ取り、筋肉だけを強制的に動かすらしい。蟻の神経中枢とはまた別の制御系となるのだ。

 呪式が本体で、肉体は外殻に過ぎないとすれば、実際そういう存在なのだろう。

 そうなると、社には気にかかることが有る。


「そいつがこの街で血を吸いまわっているのは確かだが、そいつはなんで血を吸うんだ? 話を聞く限り、生命維持に必要はなさそうだが」

 もしも呪式こそが本体だというのならば、最早肉体の維持に、栄養は必要ないだろう。

 社の問いかけに、琥珀は答える。


「有る種の、飢餓感から……と、あいつは言っていたよ」

「飢餓感か……」

「言うまでもないことだけれど、血は生命そのものの暗喩メタファーだ。呪術的には特にな」


「なるほどな」

 その言葉に社は納得する。

 琥珀の言う通り、血とは命だ。出血が死に繋がることからか、古代よりどの文明でもそういう認識は強固であり、故に生き血を捧げる事は生命を捧げると言うことに他ならない。


 ならば、血を吸う、という事は、命を吸うという事である。

 実質的には動く死体リビングデッドであるあの吸血鬼――アインは、生命を失って動いている矛盾、その飢餓感から、命を得ようとして吸血に走ることになるのだろう。

 無論、それで何が満たされる、というわけでもないのだろうが。


「しかし、そうなると、あの吸血鬼の肉体への攻撃は殆ど意味がないんじゃないのか、これは?」

 社の疑問に、琥珀は頷いてみせた。

「ああ、あいつは手足を吹き飛ばそうが、胴体が捩じ切れようが、頭が吹き飛ばされようが、解決にはならないぞ。再生……というか、復元する」


「なら、どうする」

「まぁ、解呪ディスエンチャント……呪式を解体するしか無いだろうな」

 呪式こそがアインの本体であると言うならば、それはまぁそうなるだろう。

「お前に載ってる伝承礼装エピックウェポンに、それ系あったか?」


「残念ながら。私は青い猫型ロボットじゃないからなんでも出てくるわけじゃないんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ」

「まぁ、なんとかするしか無いだろうな……」

「対処が必要なのは、アインだけじゃないぞ」


「……なんだ?」

 正直な所、社としては吸血鬼だけでも既に大分対処困難なのに、この上何を足してくるというのだ――という気分だ。

 そんな社に向かって、琥珀は言う。


「お前も見ているだろう、あいつが持っていた赤い剣を」

「ああ」

 琥珀に言われて思い出したが、確かにあの吸血鬼は刀身まで真っ赤な長剣を持っていた。武器として使っている様子も無さそうなのに。


「あれは霊鎧だ」

「……は?」

 思わず、社は間の抜けた声を出してしまった。

「いや、どう見ても剣だろあれ。鎧……?」

 言われて、琥珀は困ったように眉を寄せた。


「なんというか、特殊ナンバーというか、そういう奴だよ。同系統の技術を使って作られたなんか別のやつ。タロットカードとエジプトの神様が元って言ってたのに虚無から湧いて出たヴァニラ・アイスのスタンドみたいな」

「分かるような分からんような例えだな……」

「あいつ――珊瑚は、私達の末っ子ラストナンバーでな、鎧ではなく武器――というか、剣の形になる、純粋な攻撃型なんだよ」


「なんでそんなものを……」

「それこそ、アインという成功例が出来たからだよ」

「あぁ……」

 そう言われると、社も納得する。


「吸血鬼は防御を考える必要が無いからか」

「そういうことだ」

 アインという、勝手に身体が再生するような戦闘要員が使うことを考えるならば、装甲自体は不要だ。

 代わりに、破壊力やら、攻撃範囲や射程距離に気を使ったほうが、余程良い。


 赤い剣――珊瑚が末っ子というのも、吸血鬼が出来上がってからコンセプトを考え始めたから、そうなったということなのだろう。

 しかしそういうことになると――

「つまり、吸血鬼のタフネスと、攻撃に振った霊鎧のコンビを相手にする必要があるって事か?」


「その通りでございます」

「余計に厳しく感じてきたぞ……」

「なんとかするしかあるまいて」

「他人事みたいに言うんじゃない。今回は寧ろ俺のほうが他人事に近いぞ」


 しかめ面をする社を見て、琥珀が笑う。

「仕事を受けたのはお前で、私はあくまで仕事道具だろう? ……しかし……あいつとまた会うことになるとはな……」

 言って、琥珀は天井を見ていた。いや、天井を越えて、どこかまた別のものを見ていたのかもしれない。


「あいつ、お前と製造元が同じ、ってだけの関係じゃあないだろう?」

「まぁ、な……」

 視線を上に向けたまま、琥珀は続ける。


「あいつは、私の最初の使い手だよ」

「……そうか」

 なんとなく、社もそうじゃないかという気はしていた。道具である琥珀に、前の使用者が居るのは当然のことだ。


 アインが口にした、ベルンシュタインという言葉。

 それは、ドイツ語で燃える石――即ち、琥珀を意味する。

「あいつは私を上手く使えなかったし、なんなら私を必要とはしなかった。そして、私はあいつが――いや、ナチスがやることに耐えられなかった」


 それ以上、琥珀は過去を語らなかった。

 社もまた、それ以上過去を必要とはしなかった。

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