九話 人生空想芸礼賛
人生空想芸礼賛 1
世の中には様々な依頼がある。そして、持ち込まれたものが霊絡みなら自分達の仕事で間違いない――そう思っている烏堂 社でも、自分の仕事に疑問を抱くことが無いわけではない。
本当にこれは自分達のやるべき仕事なのか?
お巫山戯ではないのか?
いやむしろ真面目な方が質が悪いのではないか?
そんな悩みを抱いてしまうくらい、この仕事でやるべきこと、対峙する相手は多種多様なのだ。
今回の仕事もまた、そんなものだった。
何せ、仕事現場が、日が差し込んでくる午後の烏堂特殊清掃の事務室なのだ。
そして今回、それと対峙しているのは、社ではなく琥珀だった。
その琥珀が――
「グワーッ!」
奇妙なうめき声を上げながら、ソファの背もたれに勢いよく仰向けに倒れ込んで、天を仰いでいた。
その左手に握られているのは、四角く薄い操作機器――ゲームのコントローラーのものだった。
それも、現代の最新コンシューマゲーム機の、人間の手に馴染むような形状をしたものではなく、ほぼほぼ板のような薄さをした、旧世代機のものだ。
そのコントローラーが繋がっているのは旧世代コンシューマゲーム機……の現品ではない。
互換機とも呼ばれる、他メーカーが製造した、生産終了したゲーム機で発売されたソフトを遊ぶためのゲーム機が繋がれている。
つまり、琥珀は互換機を使ってレトロゲームをプレイしているのだった。
その様子を、社は自分の事務机から眺めていた。
――これも一応、除霊なんだろうか……
悪態をつきながら、いそいそとまたゲームのプレイへと戻った琥珀を見ながら、社はそう考える。
実際、今琥珀がプレイしているゲームが、霊的な何かが宿った物体――
――だからって、ゲームを自分でプレイしてみる必要があるか?
そんな事を思わずにはいられない。
琥珀の様子を眺めていると、尚更そう思う。
「グワーッ!」
そうこうしているうちに、また奇妙な悲鳴を上げて、琥珀はコントローラーを投げ出した。
琥珀がゲームをプレイし始めてから、一時間半ほどが経っていた。
ぼーっとインスタントコーヒーを飲みながらそれを眺めていた社の目から見て、進捗は芳しくないように見える。
――そろそろ声かけるか。
「……まだやるかー?」
「やらいでか! ……だけどな、社。こいつなかなか困ったちゃんだぞ。最後の巻だけ見つからない絶版漫画くらいに!」
「困ったちゃんか」
「ああ、そうだ!」
言って、琥珀は大きく背を預けながら首を反らせて、上下逆さまになった顔を社に見せてくる。
その表情と浮かんだ汗からは、疲労が滲んでいた。
琥珀の流れるような髪も、柳のように垂れ下がっていた。
「まぁ、一筋縄ではいかないだろうが……」
「一筋縄でいかないにしても、一筋縄ではいかなさが困ったちゃんなんだよ!」
「いや、なんでそこまで怒ってるんだ……そんなに難しいのか?」
そう言われて、琥珀は逆さのままで眉をひそめた。
「いや……そうでもある……そうでもあるんだけれども、そっちはさしたる問題じゃない……いや問題は問題なんだが……」
「なんだか、随分とはっきりしない言い方だが」
「もんにゃりもするさ……」
「もんにゃりって」
特殊な語彙でニヒリズムを感じる笑みを浮かべた琥珀を見て、社は言った。
「なんというかこう……こう、これクソなんだよ!」
「クソか……」
「クソなんだよ!」
顎が上がることによって頷くという、相当珍しい行動に出る琥珀。その語気は、やたらと荒い。
「一応聞くが、それはどういう感じのアレなんだ」
「こう、なんというか、触ればわかる。秒で分かるぞ。本当に」
「……つまり?」
社の言葉に対して、琥珀はにやりと笑った。
――嫌な予感がする。
「やれ」
言って、コントローラーを差し出してくる琥珀。
「あー……」
「露骨に嫌そうな顔をするなよ社」
「露骨に楽しそうな顔をするな琥珀」
「いやぁ、クソゲーを他人がプレイするのを見るのは楽しいからな! 一般的な話として! あくまでも一般的な話として!」
話している内容を完全に除外してみれば、可愛らしい少女の溢れるような笑みを琥珀は見せてきた。
それに苛立たしさを覚えながら、社は言う。
「いい性格してるよ、お前」
「あまり褒めるなよ、照れるぞ」
「褒めてない」
そう社が言った後も、琥珀はコントローラーを差し出したままだった。言葉で動かすには、骨が折れるの一語では足りないだろう。
はぁ……と溜息を一つ。
「分かったよ」
「それでこそ男というものだよ、烏堂 社」
「男女は関係ねぇよ……」
社が事務机から立つと、琥珀はコントローラーをその場に置いて、ぴょこんと跳ねて自分が座っていた席を開けた。
代わりに開いた席に座ると、社はコントローラーを握った。そして、ゲーム機が繋がれたモニターを見た。
映し出されているのは、今となってはセピア色の写真にも似た古めかしさと懐かしさを醸し出す、粗いドット絵で描かれた、GAME OVERの文字列だった。
「……レトロゲームを越えたレトロゲームって感じだな」
思わず言った社に向かって、琥珀は返す。
「いやー、レトロゲームと言えばこれくらいだろう。私はディスクメディアのゲーム機をレトロゲームとは認めないからな! 断じてな!」
「なんのこだわりだよ」
そんな事を言いながら、社はボタンを押してタイトル画面へと戻った。
「仕方ない……やってみようじゃないか、呪いのゲームとやらを」
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