三話 盗賊紛い

盗賊紛い 1


「どういうつもりだ」

 琥珀色の輝きを身に付けた鎧――霊鎧・血濡れた琥珀ブラッドアンバー/烏堂 社。

「どうもこうも、見ての通りだけれども?」

 闇を固めて作り上げたかのような漆黒の鎧――霊鎧・黒玉の蜘蛛ジェットスパイダー/長谷部 燐音。


 二つの鎧は、距離を取って向かい合っていた。

 その間に漂う空気は剣呑なものだ。何か、切っ掛けがあれば、どちらかが攻撃を仕掛けてもおかしくはない。

 現に、二人共、伝承礼装エピックウェポンを構えたまま、何か事があれば、一呼吸の間に攻撃を仕掛けるつもりなのは明白だった。


 ブラッドアンバーは、その右腕に魔弾タスラム。

 ジェットスパイダーもまた、右腕に妖刀ムラマサ。


『初めからそういうつもりだったのかい、黒玉?』

 言葉を放つのは、ブラッドアンバー/琥珀。

『……だとしたら?』

 返すのは、ジェットスパイダー/黒玉。


『だとしたら……だとしたら、どうするんだ? 社?』

「……ノープランでそれっぽいことを言うな、琥珀」

 社は言いながら、魔弾タスラムの実体化を解いた。

「あら、そんなことをして、いいのかしら?」

「良いも悪いも、正直な所、あまり褒められたことではないんだろうが、わざわざ敵対するほどの事でもない」

 燐音に向かって、社は言う。


『おっとそうなのか、社。私は今、心のなかであんなに一緒だったのにを流す必要があるんじゃないかと思っていた所だぞ』

「いや、流すな」

『いっそ歌うか』


「やめろ」

『てーんてんてんてん、てーんてんてんてん』

「イントロを口ずさむな!」


 一つの鎧の中でテンポ良く会話を交わすブラッドアンバー。そんな二人の様子を、ジェットスパイダーは、武器を向けたままでじっと見ていた。

『……燐音?』

「大丈夫よ、クロ。あれはあれで可愛いかもしれないなんて考えてないわ。よしんば考えていたとしても、クロが一番よ」

『……燐音ぇ……』


 黒玉のその声には、抑揚が少ないが、それでも間違いなく呆れが多量に含まれていた。

『どうする、社。あっちもあっちでやばいぞ』

「何が、も、だ。やばいのは向こうだけだ」


 そんな社の言葉に対して、黒玉が言う。

『……燐音?』

「大丈夫よ、クロ。早く帰ってクロのえっちなイラストの構図考えたいなんて思ってないから」

『燐音ェ……』

 先よりもさらに呆れの分量が増えていた。


 そんな黒玉達に向かって、琥珀が言う。

『いちおうの同類として言いたいんだけど、黒玉くんさぁ……仕事は選ぼう? 変質者のおもちゃとか、どうかと思うぜ私は』

「変質者なんて、失礼ね。私は、イエスロリータノータッチの精神を遵守しているわ」

「その心は」

 短く言葉を出した社。


「触らなければなにしてもいいなんて、なんて優しいルール……」

『おい、黒玉……』

 さすがにつっこんだ琥珀。声のトーンが明らかに引き気味になっていた。

『……これでも良いところもあるから』

『たとえば?』


 琥珀の問いかけに、沈黙が下りた。

 空気が凍りつくような、ひりひりとした長い沈黙が。

 痛みすら覚えそうなほど長く続いた後で、黒玉がそれを破った。


『………………見た目』

「沈黙が、長い……」

 嫌気を含ませる社。そんな社に対して、何やら満足げな声色の燐音。

「それだけクロが私のことをじっくり考えたということね……感無量だわ」


『その結果出てきたのが見た目な件に関しては』

「気を使ってるところをわかってくれてるのね」

『社! こいつ無敵だぞ! やべー奴だぞ!』

「ああ……正直もうそれ持って帰ってほしい」

 心底うんざりして社は言う。


 実際、先からの経験のせいで、この女――いや、少女と関わり合いになっても、ろくなことにならない気しかしなかった。

 これはこれで面倒を抱え込みそうではあるが、左手に抱えたものを持って、出ていって貰えば一応のかたは着く。

 そんな社の言葉を聞いて、ジェットスパイダーは妖刀ムラマサを符号化エンコードした。


「なら、私達は帰らせてもらうわ」

『……じゃ』

 燐音と黒玉が言うと、ジェットスパイダーは地を蹴って、あっという間にこの場から離れていった。

 完全にその場からジェットスパイダーの気配が消えると、ブラッドアンバーもまた魔弾タスラムを符号化エンコードした。


「行ったか」

『黒玉、相手は選ぶべきだぞ……今更言ってもしょうがないが』

 はあ、と琥珀は溜息を吐く。そして続けた。


『で、だ。社……これ、どうするつもりだ?』

「そうだなぁ……」

 言って、社は燐音達が残していったものへと、視線を下ろす。


『ワンチャン、ばっくれもある』

「いや、そうはいかないだろ、さすがに……ところで、そろそろ脱げろ」

『それもそうだな――っと』


 琥珀が言うと、ブラッドアンバーの姿が光に包まれ、即座に消える。その後に現れるのは、黒いスーツの青年と、喪服の少女――社と琥珀だった。

 顔を顰めながら、琥珀は残されたものを見る。


「全部持っていってくれればまだマシだったのになぁ……お残しはいけまへんって、長寿キッズ&お姉さん向けアニメも言ってるだろうに」

「とりあえず、依頼主に連絡してその後は……任せる他無いだろう。勝手に通報して後がどうこうなっても困る」


「これだから、ちゃんとしていない所から依頼を受けるのはやめておけとだな」

「言ってたか?」

「……まぁ、言ってないが」

 琥珀が言うと、社は溜息を吐いた。

「霊鎧持ちと敵対するよりはマシだ、間違いなく……」

 そう言うと、社は残ったもの――首のない死体を見た。

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