深くて蒼い海の底から 6
烏堂特殊清掃、事務所内。
社と琥珀は、二人並んでモニターに目をやっていた。熱心に見つめている琥珀に対して、社は頬杖を着いて白けた目でそれを見ていた。
ボロボロの衣服を着た、薄汚れたメイクをした人間数人が、あー、あーと呻きながら、身体を左右に揺らして歩いている様が、モニターには映し出されていた。
「なぁ、琥珀」
「どうした、社」
「いや、この間のサメの事なんだが」
「なんだ、ゾンビ映画よりも、サメ映画のほうが好みだったのか?」
「いや、映画の話じゃなくてだな……」
――というか、これゾンビ映画だったのか。
と、社はモニターを見ながら思う。画面に映し出されている、ゾンビ(仮)の皆さんは、どうにも少し汚れた衣装とメイクをしているだけなので、動く死体というか良いところホームレスにしか見えない。
それはともかく。
「この間の悪霊サメの話だ」
「あー、あのガイアシャークか」
「空想と現実の区別は付けような」
「現実を見ろ、社。大地を支配しようとするサメは居たんだ。父さんの言ったとおり、ラピュタは本当にあったんだ」
「現実は不条理なものだ……で、そのサメの話なんだが」
「サメの話しようぜ! って奴だな」
「あってるけど、あってない……まぁそれはそれとして、あのサメ、本当にサメだったと思うか?」
「どういう意味だ?」
モニターから目を離さずに、琥珀は言う。
「少し、気になっていたんだ。何故、あの異界には陸地があったのか」
「それが何か可笑しいかな?」
「もしもサメが作った異界なら、陸地なんて作っておくと思うか?」
「陸なんて、サメの意識の中には無いだろう、ということか?」
「そんな所だ」
サメの世界は、海の中だけだろう。いや、水族館のサメにとっては水槽の中だけ、というのが正確だろうか。その上で陸地を異界に作った理由とは――
「それはやはり、あれだろう。地上征服のためだろうさ!」
そこだけ妙に熱を入れて、琥珀は言う。
「あるいは、あれはサメじゃなくて人間の悪霊だったか……」
サメが主ではなく、人間が主で、だからこそああして陸地へと足をのばしたのかもしれない。
もっとも――
「どちらでも同じことだろう、お前にとっては」
「まぁ、そうなんだが」
社はそう、肯定する。
「人間であるか、サメであるか――そんな事よりも、お前にとって大事なのは、アレが悪霊だと言うことだろう、社?」
「ああ」
あの悪霊サメが本当にサメで、征服するための場所として地上を作り、そのために人間の足を取り込んだのだとしても。
人間が主で、本来居るべき場所、帰るべき場所として異界の中に陸上を設定したのだとしても――同じことなのだ。
アレは悪霊だ。
ならば、ここに居るべき存在では、もう、無い。
そんな事を考えながら、社は琥珀を見る。
「……お前、本気でこの映画楽しいのか……?」
異様にうきうきした表情で低クオリティな画面を眺める琥珀に、思わずそうボヤく。
「なんだと社、お前この愉快さが分からないのか?」
「いやまぁ、サメ映画の時と一緒なんだろうが」
「おいおい社、ゾンビ映画はサメ映画よりも人気があって、撮られる本数も多いし、傑作も多いんだぜ?」
「そうかぁ……」
熱を入れて語られても、社は困ることしか出来ない。そんな社の状態を無視するようにして、琥珀は更にヒートアップしていく。
「ゾンビは凄い。人間だけが持つ無限の可能性が有る」
「どう考えても可能性が閉じた後の存在だろうが……」
「ゾンビの可能性は凄いんだぞ、名作文学だろうが、本格ミステリだろうが、ゾンビを加えることが可能なんだ。何にだって、どんな映画にだって、ゾンビを加えればより良くなると私は思っている。聖書だってゾンビが居ればよかったんだよ」
「急に正気を失うのをやめろ」
流石にげんなりする社だが、そもそも琥珀は画面から目を離していないので、それに気づく気配もない。
「とにかく、ゾンビ映画は凄いんだ。それを分かるんだよ社」
「でも、玉石混交なんだろう?」
「そこは否定しない」
「で、今見てるのは」
「……石だな!」
とびっきりの笑顔を全力で無駄遣いする美少女の姿がそこにあった。
「結局サメ映画と同じ楽しみ方してるんじゃないか……」
と、社が呆れた時だった。
インターホンが、音を立てた。
「……」
思わず、無言で社と琥珀は互いの顔を見合わせた。
「なぁ、もしかしたら次はゾンビと戦うことになるんじゃないかって思ったんだが」
「そんなわけ無いだろう」
「だよなぁ」
ははは、と笑いあった後、社は立ち上がった。
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