盗賊紛い 6
社の声に、琥珀が答える。
『了解だ!
ブラッドアンバーに、四本の腕が生成される。ジェットスパイダーのそれとは違い、太く大きなそれらを全て、ブラッドアンバーは前面へと突き出す。
そこに、高速回転しながら肉玉が襲い掛かる。
衝突/衝撃。
受け止めた増腕の平手を削り取るかのような勢いで、肉玉は回転を続ける。平手から火花が散って、少しずつブラッドアンバーの身体が後退させられていく。
『長くは保たないぞ社!』
「もう少しでいいから保たせて欲しいところね」
悲鳴を上げる琥珀に向かって、燐音の言葉が飛ぶ。
それは、上からのものだった。
巨大な肉玉の更に上まで、ジェットスパイダーは跳躍していたのだ。
「何をするつもりだ」
「こうよ――クロ」
『……
妖刀ムラマサを投げ捨てたジェットスパイダー。更にその上に、
それは、ジェットスパイダーの身体より遥かに大きな刀身を持った、幅広の大剣だった。
ダモクレスの剣とは、王を羨んだ古代ギリシャの青年ダモクレスに、王が見せた剣である。玉座の上に剣を吊るし、ダモクレスが羨んだ王の座が如何に危険なものであるかを教えたというものだ。
故に、その伝承を元にした
その巨大さを見て、思わず社が言葉を漏らす。
「……おい」
「落とすわ」
「おい!」
それは、明らかに、このまま落とされたら肉玉だけでなく、ブラッドアンバーも両断されるほどの巨大さだった。
「この程度、なんとかして頂戴」
言って、ジェットスパイダーは右腕を振り下ろした。まるで、手刀で空を斬り裂くかのように。
『社!』
「くそっ、碌でもない!」
まるで碇を上げたかのように、空中に固定されていた裁剣ダモクレスが、肉玉に向かって落ちてくる。
ギリギリまで火花を上げて四つの増腕で肉玉を抑え込んでいたブラッドアンバーだが、それを見てすぐさま後方へと飛び退いた。
それを見計らったかのように、巨大な剣が肉玉を斬り裂き、地面へ地割れの如き亀裂を作りながら突き刺さる。
流石に真っ二つにされては巨大な肉玉も一溜まりもなかった。
前進を続けようとする慣性に従い、左右に別れた半球の肉玉は僅かに転がったが、一回転すらすること無くばたりと倒れる。そのまま、まるで熱した鉄板に乗せられたラードのように、じゅくじゅくと泡立ちながら肉玉は消えていった。
肉玉を真っ二つにした勢いで、裁剣ダモクレスは地面に突き刺さり、瓦礫を撒き散らす。
「ふぅ、完璧ね」
言って、まるで階段を二、三段纏めて下りただけであるかのような軽やかさで、ジェットスパイダーは着地する。
「勝手なことを……」
その姿を見て、社は嘆息する。
「あら、何か不満でも?」
『この女、世界の中心に自分を置いてるタイプ……!』
「お前……」
自分も大概そういうタイプだろう、という言葉を琥珀に吐き出さず、飲み込む社。
そんな様子に興味を示すことも無く、黒玉が言う。
『……変』
「どういう事、クロ?」
『……何も変わらない』
黒玉の言う通り、肉玉を倒したにも関わらず、このマンションは異界化したままだった。それはすなわち、あの肉玉がこの異界の親ではないということを意味している。
「ならば、敵は何処に――」
『社。上だ』
琥珀に言われて、社と燐音は上を確認する。そして、即座に大きく飛び退いた。
先まで社と燐音が居た場所に、それが――それらが、降ってくる。
衝撃と共に血が蜘蛛の巣状にひび割れて、粉塵が巻き上がった。
降ってきたのは、肉玉だ。先に裁剣ダモクレスによって真っ二つになったものと同じ姿、同じ大きさの肉玉。
それが、二つ。
『おいおいおい』
「増えやがった……」
冷や汗を鎧の中に垂らしながら、社は言う。
裁剣ダモクレスで倒せたわけであるし、この二体になろうと、この悪霊の肉玉を打ち倒せないというわけではない。
だが、それで終わるのか――?
二体の肉玉を倒した後に、三体の肉玉が降ってこないという保証は有るのか? その次に四体の肉玉が降ってこない保証は?
――何かが間違っている。
根本から、何かを取り違えているのだ。そこを理解しなくては、この異界と悪霊に取り殺されてしまう。
「何か見落としていることがあるはずだ。何か――」
「何か……そう、そうなのね」
社の呟きに反応して、燐音が言う。
肉玉がその場で回転を始め、地が削られ摩擦熱が蜃気楼を作り出す。
そんな中で、ジェットスパイダーは二つの肉玉に背を向けた。
「おい!」
『どういうつもりだ黒玉!』
走り出したその背中に向かって、社と琥珀が叫ぶ。
「少しの間、時間を稼いでいて」
『……お願い』
対して、燐音と黒玉は首すら動かすこと無く言って、一目散に走っていく。その先に有るのは、このフロアに入ってきた入口部分だ。
「逃げているようにしか見えないぞ!」
『いや、社、あの女はともかく、黒玉は一応信じてみてくれ!』
「く……」
そうしている間にも、肉玉は迫ってくる。去っていくジェットスパイダーを追うこと無く、まるで十字砲火のように二つの肉玉が、ブラッドアンバーを狙う。
流石に、増腕アスラといえども、二つの肉玉を同時に受け止めることは不可能だ――社はそう判断する。
「琥珀! アスラを引っ込めろ!」
『了解だ!
琥珀の言葉に合わせて霧散する増腕アスラ。そうして軽くなった身体で、社は後方へ大きく飛び退いた。
必然、ブラッドアンバーを狙って動いていた二つの肉玉は、ブラッドアンバーが立っていた場所で激突する。
爆発したかのような音と共に、肉片が飛び散る。だが――
『まぁ、この程度で片付くわけがないか……』
飛び散った肉片は、まるで蚯蚓のように地を這い回り、激突した肉球の元へと殺到する。
そして激突した肉片は、ぐじゅぐじゅと動き回り、のたうちながら、その姿を変容させつつあった。
二つの肉玉から、一つの巨大な肉玉へと。
「好きにさせてやるかよ!」
言って、社は魔弾タスラムを連射する。
魔弾が命中した箇所が爆発したかのように弾けて、肉片を撒き散らしていく。しかし、弾け飛んだ赤い肉塊は、すぐさま元の位置に戻っていき、総体としての肉玉は小さくならない。
攻撃を受けた巨大な肉玉は、それをまるで意に介する様子も無く、その場で回転を始める。
『なんか魔弾タスラム、最近ガインショットみたいになってないか!? どう思う社?』
「どうでもいい! あれを使うぞ!」
言って、左で魔弾タスラムを放ち続けながら、右手を振り上げる。
その手の形は平――否、手刀になっていた。
『了解!
「くらえ!」
社は言って、左の魔弾タスラムを止め、右の手刀を振り下ろす。
絶技トリュウ。それは竜をも屠る斬撃のみを顕現させる、
ブラッドアンバーの手刀の延長線上に、その不可視の斬撃は生み出される。
それはちょうど巨大な肉玉の中心線を通り、地に一直線の裂け目を作る。
一瞬遅れて、肉玉の中心線から、液体――血が、噴水のように吹き出してきた。そのまま、切断面から左右に倒れていく。
しかし、地面に着くよりも早く、二つになった肉玉は再度変形を始める。
一つの巨大な肉玉が二つの肉塊に切り分けられ、二つの肉玉へと。
それだけではない。
『上から来るぞ! 気をつけろぉ!』
その言葉の通り、さらに上から肉玉が降ってくる。
それも、二つ。
「加減がないな」
結果的に、ブラッドアンバーは四方を肉玉に囲まれてしまった。
先と同じように飛び退いて避ける――いや、それが出来るスペースは無い。
受け止める――いや、四つ同時に受けることなど、増腕アスラでも出来るはずがない。
まるで、猪が鼻息荒く突進の準備をしているかのように、四つの肉玉が回転を始める。
『……策は有るか、社?』
「今考えてるところだ……」
冷や汗を掻きながら言う社。
四方に注意を配りながら、社は考える。一点、突破口を開けば……そのためには、もう一度絶技トリュウか……いやだが、その結果また肉玉が増えるだけにも……
そんなときだった。
四つの肉玉が、急にその場でじゅくじゅくと煙を上げて、蕩け始めたのだ。
「む」
『おぉ、黒玉が上手くやったのか。何をやったのかはわからないけど』
社は肉玉を観察しながら、考える。
彼女達は何をやったのか、今までに、違和感があった場所は――
「あそこか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます