人生空想芸礼賛 4


血塗れの琥珀ブラッドアンバー――同調完了! やるぞ社!』

「おう!」

 二人の声と同時に、烏堂特殊清掃の事務所に、霊鎧・血塗れの琥珀ブラッドアンバーが降り立った。


 気合とともに、血塗れの琥珀ブラッドアンバーを纏った社は、再びゲーム機のコントローラーを握り直す。

 一般的な事務室に、マッシブな装甲を纏った人間が居る……それは、恐らく、傍から見ればシュールな光景なのかもしれないが、傍から見るものなど居ない以上関係がない。


 ゲームは再びタイトル画面から、第一ステージへ。

 同じようにコントローラーを握って、同じキャラを動かしている。

 しかし――その動きは、先までの社とは大きく違っていた。

 飛んできた敵の攻撃を、避けている。それも、発射されたことを確認してから避けているのだ。


『ふふふ、見たか! これこそが霊鎧! これこそが魔術師! 人間の限界を超越した存在の力ァ!』

 興奮とともに、甲高く裏返った声音で琥珀は言う。

「ああ、これで攻略してやる」

『ノーコンティニューでクリアしてやるぜ! って奴だ社!』


 琥珀の策とは、このことだった。

 霊鎧を纏った術者は、魔術的強化エンチャントによって人間の粋を超えた身体能力を手に入れる。

 その強化内容には、反射神経の強化や、精密動作性の向上も含まれているのだ。


 そんな超人がテレビゲームをすればどうなるか――?

 当然、常人を遥かに越えたプレイが可能だ。

 操作キャラクターのジャンプへの移行に間があっても、今の社なら攻撃に当たることはない。


 そうして人間を超越したゲームプレイヤーとして、スターマーセナリーの攻略に乗り出した社と琥珀は、今までとは比べ物にならない効率でステージを攻略していく。

『社、そこ敵が出るぞ』

「分かった」


 先に三ステージまで到達した琥珀の助言と、社の操作能力が合わさって、社一人では攻略不可能であったステージボスも、らくらくに越えていく。

 だが――それも、琥珀が一度攻略した三ステージまでの話だった。

『グワーッ!」

「なんだこれ……」


 四ステージ目、初めて残機を失った。

 幾ら反射神経や精密動作性を高めてもどうしようもないことも有る。そう、物理的に回避が不可能なほど、周囲から同時に攻撃が来た場合、などだ。

 今回二人が食らったのも、それだった。敵も居ないのに、全方位から同時に弾がやってきたのだ。


 四ステージ――背景とBGMは一ステージから全く変化していない――の最初に戻された二人は、一度コントローラーを置いた。

「あれはどういう事だ」

『多分、トラップだな……なにか踏んだら不味いものを踏んで、即死した』

「踏んだら不味いもの……? そんなもの、あったか?」

『見えない……初めからそういう想定だったのか、完成品では見えるようになっていたのかはは分からないが、見えないスイッチのようなものがあったんだろう……な……』


 げっそりと精気を削られた表情が想像できる調子の琥珀の言葉に、社は霊鎧の中で顔を顰めた。

「それはつまり、どうしたら良いんだ」

『死んで覚えるしか……ない……』


 疲労の滲んだ声を漏らす琥珀に、社はしたくない覚悟を決めた。

 ――これは長くなる。

「そうか……」

 それから先は、地獄だった。

 見えないデストラップを踏んで死んだ。


『グワーッ』

 大穴の先、着地点にあったトラップを踏んで死んだ。

『グワーッ』

 残機が無くなってコンティニュー……が出来ず、一ステージからやり直しになった。


「おい、なんでクリアしたステージの最初からにならないんだ」

『開発途中だから……だろうか』

「真剣にくたばって欲しい」

 そうしてなんとかまたクリアしたステージまで戻り、再びやり直す。

 霊鎧である琥珀の記憶力と、霊能者である社の集中力は、同じミスを繰り返さないのが幸いして、元の位置まで戻ることだけは問題ない。


 だが、ステージを進めると、更に敵の攻撃――というよりも、ゲーム制作者の悪意は増していった。

 モニターの状況を見て、違和感を覚えた社は言葉を漏らす。

「なんか、さっきと同じところに来てないか?」

『……もしかして、上下に分かれ道があったアレなんじゃないか、社」

「え、あれどっちに行っても先に進めるわけじゃないのか……?」

『普通はそうだけど、このゲーム……というかこのゲームを作った奴らは普通じゃないぞ! 横スクロールアクションゲームに、RPGみたいな迷いの森要素を仕込むくらい有り得る!』


「そうか……ならどうやって攻略する……?」

『総当りしか……無いだろう……』

「……そうか……そうかぁ……」


 琥珀の懸念は当たっていた。上下二股の分かれ道の内、正解は片方だけ。間違った方に進むと、最初の分岐点に戻される。

 正解のルートへのヒントは無い。普通に挑んだ場合、総当たりとメモ必須だった。

 そんな迷いの森も、ミスが無ければ何とかクリアできる。社と琥珀に、ミスは無い。ならば、まともにプレイするよりは、よほど早くクリアできるのだ。


 精神力はヤスリがけをされたかのように削られたが。

 そうして迷いの森を抜けた先に、そいつは居た。

 ステージの後ろ半分を覆い尽くすような、巨大な黒い板。古いSF映画に出てくるようなモノリスが、このステージのボスだった。


「……やるぞ」

 社はコントローラーを握りしめた。

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