完全な世界 3
――霊鎧・
社が身に纏った鎧は、ただの身を守るための装甲というだけではない。
それは対霊・対魔術装甲であり、無数の魔術礼装を満載したプラットフォームでもある。
必要に応じて内蔵した魔術礼装を呼び出し、それによって霊的な存在を粉砕する。
その戦闘力は凄まじく、装備した人間を魔術師としては
また、この鎧はただの装甲ではなく、疑似霊格を持ち、非稼働状態では人間の少女の姿として自律行動が可能でもある。
すなわち、琥珀という少女は霊鎧・ブラッドアンバーそのものであり。
この強力な魔術礼装の現在の所有者が、烏堂 社その人だった。
ブラッドアンバーを纏った社は、その霊的感覚をもって、部屋の内部に存在する悪霊の存在を感知し、捕捉する。
ダイニングキッチンのキッチン部。対面型のそこから、悪霊が姿を表す。
長い髪の女。エプロン姿のそれは、男の悪霊と同じように、双眸の代わりにに黒い空洞を備えていた。
水気を失った髪に、色を無理やり抜いたような血の気のない肌、ゆらりゆらりと左右に揺れる姿は、男と同じ悪霊であることを表している。
悪霊が姿を表したと同時に、部屋の内部が様相を変える。
部屋全体が、まるで色彩を失ったかのように一段鮮やかさを下げる。
それだけではない。部屋全体が、まるで生き物のようにどくん、どくんと脈を打っていた。
『異界化現象を確認。なんだか変な感じだな、社』
「どうだろうと、結局親を潰すのは変わらない」
二人が言葉を交わし合う。
異界とは、この世ならざる場所の総称だ。幽世、あの世、地獄、妖精郷、アヴァロン――ありとあらゆる国で、ありとあらゆる名前で呼ばれる場所。
悪霊によって、この世ならざる世界へと現実の世界がずらされる。これを異界化という。
例えば、異界化に巻き込まれ、そのまま現実へ帰ってこられぬまま悪霊に殺されるのが、神隠しの一因である。
社は女の悪霊を確認する。ゆらり、ゆらりと左右へと揺れ動き、残像を残しながら、まるで跳躍しているかのように現れる。
『さて、何を使う?』
「銃で良いだろう」
『了解――
琥珀の声に合わせて、ブラッドアンバーの右下腕部が変形する。まるで内側に空気を吹き込まれているかのように肥大化し、形を変えていく。
現れたのは、腕そのものと同じくらいの大きさをした、四角い箱だった。ただし、その箱は、ブラッドアンバーの拳の向きの面に、大きな丸い穴が開いている。
ブラッドアンバーは、その穴を悪霊へと向ける。
『
その穴から、轟音とともに弾丸が放たれる。反動でブラッドアンバーの右腕が跳ね上がった。
ほぼ同時に着弾。悪霊の頭が弾けて霧散する。
――
その実在、非実在を問わず、物語られたという事実を元に、魔術的に編み上げられたその武装は、伝承に近い性能を有する。
霊鎧は、
ブラッドアンバーに搭載された
首から下を失った悪霊の胴体へ、ブラッドアンバーはタスラムを放つ。
悪霊は当然、生き物ではない。頭を吹き飛ばされた程度でその行動を止めることはない。二度、三度と身体を撃ち抜かれる度に、悪霊は着弾点を中心として破裂し、動きを止める。
『追加でもう一つどうだ!』
琥珀の声と共に、ブラッドアンバーの左下腕部が変形。右腕と同じように、タスラムの発射装置が形成される。
「使わせてもらうぞ」
社は言いながら、両腕の砲をもって、悪霊を砕いていく。
反動で生まれる砲撃の空白時間を、もう片方の砲撃で埋める。砲撃が連続し、まるで巨大なハンマーで左右から殴られているかのように悪霊が震えて消えていく。
十発と保たず、悪霊は完全に破壊されていた。
『お見事! 魔弾タスラム、
琥珀の声と共に、ブラッドアンバーの下腕部から砲が消える。
悪霊を滅することは出来たが、色彩のトーンダウンと世界の脈動……異界化は、継続している。
悪霊を貫通した砲弾はその背後まで到達したにも関わらず、その影響を受けていないのだ。対面型のキッチンどころか、観葉植物が動いてすらいない。
「分かっていたことだが、こいつらは親じゃないな」
『それはそうだろう。時間超越でもしてない限りは』
社に対して、琥珀は言う。
ダイニングキッチンは二件目――後にこの家を購入した、若夫婦の死亡現場だった。あの悪霊も若夫婦のものだと、社は推測する。
ならば次に向かうのは、当然のことながら一件目の死亡現場ということになる。
『最初の現場は、二階だったか?』
「二階の寝室だな」
言うと、社はダイニングキッチンから出ていった。
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