完全な世界 5
合体した悪霊という存在に意表を突かれはしたものの、相手は所詮ただの悪霊に過ぎない。
基礎性能ではブラッドアンバーが圧倒的に勝っている。
――なら、正面から押し通るだけだ。
ブラッドアンバーは瞬間的に距離を詰め、同時に四本の増腕を振るう。
「制御は任せた」
『おっと、人使いが荒いことで』
社の言葉に、琥珀が答える。
そうして制御を任せた分、社自身は自らの行動に集中できる。
四つの増腕が、連続して悪霊に迫る。悪霊もまた、自らの四つの腕を繰り出す。
四×四の腕が、すり抜け合うようにして交差する。
そうして飛んできた悪霊の腕――まるで古木の枝のように節くれだって、爪は全て割れているその手指を、ブラッドアンバーは増腕ではない両腕で打ち払う。
当然、がら空きになった悪霊の身体に、増腕による連打が突き刺さる。
暴風を纏った連撃が、悪霊の霊的質量を弾き飛ばす。命中した部分が、爆発したかのように吹き飛んでいく。
一瞬のうちに、悪霊の腕は一つ残らず霧散していた。
たまらず距離を離そうとする悪霊。
その隙を、社は見逃さない。
ブラッドアンバー本来の両腕――魔弾タスラムを悪霊へ。狙うはその四本の脚。
『さぁ
琥珀の言葉に従うかのように弾丸が吐き出され/悪霊が吹き飛ばされ/暴風に飛ばされる紙くずのように転がった。
手足の全てを失い床を舐める悪霊。
その近くへと、金属音を立てながら、ブラッドアンバーが歩んでいく。
二つの胴体が癒着した悪霊は、まるで翅をもがれた蜻蛉のように、地べたをばたばたとのたうっている。
そんな悪霊の頭部――男の方を、ブラッドアンバーは踏み付けた。
トマトでも踏み付けたかのように、何かを撒き散らしながら頭部は粉々になる。
続けて、女の方の頭部を蹴り飛ばす。首から先が何処かへと飛んでいき、消失。残った胴体の方も全く動かなくなった。
『ま、こんなものか』
「所詮はただの悪霊だ。本気でかかれば負ける要素は無い。無いが――」
言って、社は辺りを見回した。
戦闘の前と何も変わっていない。彩度の低い、脈打つ部屋がそこにはあった。
異界化は解かれていない。ということは――
「あの悪霊、倒し損ねたか?」
『いやいやいや、そんなことはないよ。跡形もなくまっさらだ』
社に向かって琥珀は言う。
言われて社もブラッドアンバーの機能による霊視を行ってみるが、先の合体した悪霊は完全に消失しているとしか見えなかった。
であるならば、現状は一体どういうことなのか。
「――どう考える、琥珀?」
『そうだなぁ……』
考え込んだように一度言葉を止めた琥珀だが、それも僅かの事。
『まず最初に考えられるのは、一階の悪霊のほうが実は親で、しかもそれを倒しそこねていた、とか?』
「一階でお前自身が否定したはずだったと思うが?」
二階の事件の後に入居した夫婦が、一階の悪霊となったのだ。時間が歪んででもいない限り、一階の悪霊が親ということはない。
だいたい、一階の悪霊は完全に消滅している。
『じゃ、もっと単純に、更に別の悪霊が居て、それが親なんじゃないの? 知らんけど』
「対応が雑」
とは言ったものの、社もまた、それが正解であるような気はしている。
だが、その場合、一体何が親なのか。そして、親が何処にいるのかという問題が出てくる。
それを突き止めて、除霊しなくては異界化を解くことは出来ないが――
『さて社、だとすると、一体親の悪霊は何処に居ることになる? っていうか、正体は何だ? 思いつくところはあるのか?』
「そうだな……」
言われて、社は考える。
この幽霊屋敷の概要。二つの事件。四人の死者。それ以前には何もない筈だ。
――なのに、この中に親となる悪霊は居なかった。
いや、何か見落としが有るはずだ。四人以外に悪霊になる要素の有る……
「……あぁ、なるほど」
一つ、奈美川の言葉を思い出した。
『おっと、社。何か思いついたのかな?』
「あぁ。悪霊の親は見当がついた。後は……」
場所だ。とは言っても、場所が何処になるのかは幾らでも候補が出てくる。
――いや……
社は考える。
何かあったはずだ。この家に入ってから、何か違和感が。
そうして、家に足を踏み入れてからの事を思い返して――
社は踵を返して寝室から出て、階段を降りる。
『おい、どうした社? 何か考えついたのか?』
「あぁ」
言いながら、社は音を立てて幽霊屋敷の中を歩く。
『だったら簡単にで良いから説明しろ!』
「奈美川の話を聞いていたならわかるはずだ」
『奈美川ちゃんの?』
琥珀の問いかけに、社は答える。
「起こった事件は、本当に二件だったか?」
『え?』
「死んだのは四人だけだったか? そうじゃないだろう」
言って、社は立ち止まった。
ブラッドアンバーが立つのは、家の玄関前だった。
「ここだ」
『説明が足りなくてわからないぞ社。お前は時々一人で勝手に納得して走りすぎだ! モテないぞ!』
その言葉に対して返答しているのかいないのか、社は玄関先の一点――社が、この家に足を踏み入れた際に、踏んだ一点へと視線を向ける。
そして、視線の先に、社はブラッドアンバーの右腕を向けた。
そこには何もない。いや、間違いなく存在してはいるのだが、社には見ることが出来ない。
「ここが、最初の事件の現場なんだよ」
そこに居るものが何であるのか、社は理解している。
理解した上で、社は目を逸らすことも、銃爪を躊躇う事もなかった。
発砲。
着弾と同時に、奇妙な音が、部屋――いや、異界の全てに響き渡った。
『これは――』
それは間違いなく、赤子の産声だった。
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