完全な世界 6(終)


 陽光が降り注ぐ中、幽霊屋敷にパワーショベルが近づいていく。

 けたたましく音を立てて、巨大なアームを振り上げながら無限軌道を回して動くそれは、まるで機械で出来た首長竜のようだった。


 ――幽霊屋敷の取り壊しは、予定通り行われる。

 その様子を、幽霊屋敷の隣りにある公園のベンチから、二人が見ていた。


「確かに、もう一つ事件はあったな」

 言うのは、二段のカップアイスクリームを持った琥珀だった。一段目はラムレーズンで、二段目はキャラメルになっている。

 片手に持ったプラスチックのスプーンで、まだ溶ける様子の無いアイスクリームを突いている。

 日差しの良い日でも、喪服の正装をしているのは変わらない。そして暑さにあえぐ様子も無かった。


「そう、最初の夫婦の家庭内暴力による、流産だ」

 答えたのは社だ。こちらも同じく喪服に手袋で、二段アイスを食べていた。こちらは一段目がポッピングシャワー、二段目がチョコレートアイスに砕いたチョコが散りばめられたものだった。


 二人は仕事の締めとして、幽霊屋敷の解体を見届けに来たのだ。

「確かに奈美川ちゃん言ってたっけなぁ……いや、忘れてた忘れてた。水子だって祟るんだから、そりゃこうなることも有るか」

 琥珀が言う通り、幽霊屋敷の親は流れた子供――生まれざる赤子だった。

 生まれぬままに死したる赤子は悪霊となり、まずは両親に祟り、更に後の入居者をも祟ったのだ。


 琥珀は続ける。

「で、その子が死んだのは玄関だった……って事でいいのか?」

「そういうことだろう。そして、悪霊となった赤子は、自らの知る完全なる世界を再現しようとした」

 それがあの異界だったのだ……と、社は考えた。


 脈動する薄暗い場所。それは、目も開かぬ赤子が知覚する、母の胎内のイミテーションなのだ。

「外から殴られて壊されるものの、どこが完全だっていうのやら」

「世界の外からの攻撃だし、仕方ない部分も有るだろうさ」

「……まぁ、なんとなく分かるぞ、社。分からないのは二つだ」

「一つ目は?」

「単純な話、なんで掃除に入った人間は殺されなかったのか、だな。完全なる世界の維持が目的なら、侵入者はとりあえず皆殺しでもおかしくない気がするけど?」

「推測以上にはならないが……それは、やっていることが掃除に過ぎなかったから、じゃないか」

「……? どういう事だ社?」

 首をかしげる琥珀。


「つまり、掃除という世界の整備なら、許容範囲内では有るが、それ以上……そこに住まう異物になったりすれば排除する。そういう行動方針だったんだろう」

「まぁ、分からないでもないな。勝手に住環境を綺麗にしてくれて、そのうち出ていってくれるなら、別に良いか、とはなるかもな」

 言いながら、琥珀はスプーンで掬い取ったアイスを口に運んだ。


「ん……甘い。キャラメルもたまにはいいなー」

「で、二つ目は?」

「えー、少しはゆっくりアイス食べさせなよー」

「お前から聞いてきたんだろうが」

「まぁそうだけど。二つ目は、あれだ。社はなんで、あの赤子の居場所……最初の事件の事件現場が分かったんだ?」

「あぁ、それか」


 単純な話だ、と社は続ける。

「踏んづけた」

「……は?」

 何を言っているんだこいつ、と言わんばかりの勢いで琥珀は眉を顰めて、口を輪の形にする。そんな琥珀に向かって社は言う。

「いや、比喩でもなんでも無く、俺があの家に入るときに、あの赤子を踏んづけたらしくてな。ちょっと妙な感触をだな」


「おいおいおい。それでエネミー認定受けた結果、異界化して出られなくなったわけか」

「掃除に入った人間も、間違って赤子を踏んでいたら、メンテナンス係認定を受けられたかどうか、分からなかったかもな」

「酷い話だなぁ……あ、もう一つ」

「二つで終わりじゃなかったのか?」

「おかわりって事で」

「仕方ない、聞くか」


「さんきゅさんきゅー。で、最後の一つ」

 琥珀は表情を引き締める。

「躊躇いは無かったか?」

 やや硬い言葉に対して、社の返答は間を置くことがない。


「何がだ?」

「相手が赤子だと理解してなお、それを祓う事に躊躇いはなかったか?」

「当然だ。悪霊は、死した本人とは別のものだ。元が何だろうと、関係はない。元の生まれざる赤子は哀れだが、それはこの悪霊とは関係がないというだけの話だ」

「そうか……」

「悪霊は、ここに居るべきじゃない」

 社は呟くように言った。


「そうだな」

 そう返答すると、琥珀は再度、元・幽霊屋敷に目をやった。

 すると、幽霊屋敷は、今まさにパワーショベルによってバケットを突き立てられているところだった。まるで、溶けかけのアイスクリームにスプーンを刺しているかのように、幽霊屋敷はいとも容易く崩されていった。

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