第42話 トカゲvsジニ

「まずは切れ味から試そう」


 気合いを入れて言葉にしたジニが、剣に魔力を集めていく。


 立ち上がろうとしていたトカゲの腕目掛けて、切っ先を突き出した。


「ふっ!」


 一瞬だけ魔力が膨れ上がり、先端に集まっていく。


「ギャ゛ゥ゛」


 ジニの剣が、トカゲの腕に深く突き刺さった。


 足に魔力を集めて、ジニが大きく距離を取る。


 深く開いた傷跡からは、青い血がしたたり落ちていた。


「…………」


 魔力をまとった剣の切れ味が予想以上だったのか、ジニが呆然と切っ先を見詰める。


「ふふっ。ボクにこんな力があったなんてね。ミリアン様についてきてよかった」


 口元を緩めた彼女が剣に付いた血をふるい落として、青いトカゲに目を向けた。


 前を向けば、トカゲが天に向かって吠えている。


 それは、さっき見た尻尾の攻撃の合図。


 ムハンやマッシュたちが慌てて距離を取る中で、ジニだけがトカゲに向けて走り出した。


「ちょっとっ!!」


「ジニさん!?」


 私とマリーが慌てて声を上げたんだけど、ジニはとまらない。


 敵が頭を振って、太い尻尾がジニに向かう。


 心臓が大きく跳ねる。


 息が吸えない。


 そんな私の目の前で、ジニが高く飛んだ。


 剣が強い魔力の光に包まれて、彼女の体が空中でクルリと回る。


「切れろっ!!」


 声が響いて風を切る音が聞こえた。


「グャ゛ゥ゛ウゥゥゥゥ」


 尻尾が中央で切れて、小石を巻き上げながら部屋の隅まで転がっていく。


「よしっ!!」


 風に流されながらもなんとか着地をしたジニが、うれしそうに目を輝かせた。


 大丈夫。ケガはないみたいね。


「……ふぅ。むちゃをするわね」


「心臓が止まるかと思いました」


 ほんとそれよね。


 今ので私の寿命、縮んだんじゃないかしら?


 まぁでも、むちゃをしてくれただけの成果はあったわ。


 尻尾を失ったトカゲはもう立ち上がれないみたい。


 何度か起き上がろうとしているのだけど、バランスを崩して倒れていた。


「近付くとかみつかれるから、このままリリの魔法を――」


「姫様!!」


 焦りを含んだマリーの声。


 もがき苦しんで居たはずのトカゲに目を向ければ、鋭い牙の生えた口が大きく開いていて、喉の奥に真っ赤な炎が見えた。


「やべえぞ! 離れろ!!」


「くっ!!」


 ムハンが慌てて距離を取り、ジニが足に魔力を集めて走り出す。


 だけど、残りの魔力が少ないのか、スピードが出ていない。


 炎がさらに勢いをまして、トカゲの目がジニを見詰めた。


「ジニ! 走って!!」

 

 何も出来ない私は、ただそう叫ぶしかない。

 ギュッと手を握って彼女の無事を祈る。ただそれだけ。


 トカゲの口から大きな炎が吹き出された。


「ジニーーーーーーー!!!!!!!!」


 何も出来ない。


 何も思い付かない。



 避けられない。




「「「きゅ!」」」



 最悪を想像した私の前で、沢山のマッシュが飛び出した。


 ピラミッドのように積み重なって、ジニを覆い隠す。


 全員が傘の中から大盾を取りだしてかまえた。


「っ!!」


 炎と盾がぶつかって、熱を周囲にまき散らす。


 積み重なったマッシュたちが崩れ落ちて、大きな音と共に大盾が地面を転がった。


「はっ、はっ、はっ…………」


 肩で大きく息をするジニの姿が見える。


 飛び出した子たちで残ったのは、一番下にいた5体だけ。


「ありがとう。助かったわ……」


 ここにはいないマッシュたちに向けて、小さく言葉を紡いだ。


 元の世界に帰って1日すればまた元気な姿を見せてくれる。


 そうわかってはいても、心の中にポッカリと穴があいてしまった気がした。


 私が強ければ、私がもっと上手な作戦を考えれば、彼らは痛い思いをしなくても良かったと思う。


 だけど、後悔ばかりじゃ彼らに申し訳が立たない。


「姫様、すまなかった。ボクが勝手なことをしたばかりに……」


「いいえ。ジニのせいじゃないわ。みんながそれぞれの最善を尽くした結果よ。反省はすべてが終わった後ね」


 炎を吐いたトカゲの口は焼けただれていて、喉の奥に炎はない。


 状態も崩れていて次の攻撃はないと思うのだけど、決めつけはダメね。


「出来るだけ距離を取って。少しの変化も見逃しちゃダメよ」


 そういった直後。私の背後に魔力の乱れを感じた。


 待ちわびた時間が来たみたい。


「リリ。行けるわね?」


「はい!」


 今までで1番複雑な魔方陣を展開したリリが、悔しそうな表情を浮かべてトカゲを見詰める。


 私がもっと早く魔法を使えていたら。


 なんて感じているのだと思うけど、時間と威力は比例するのだから彼女が悪いわけじゃないの。


「えーーーーい!!!!!」


 心の中にため込んでいた物をすべてさらけ出すようにリリが杖を振る。


 天井が雲に覆われて、周囲が暗くなった。

 四隅にあった炎がなぜだか小さく見える。


 雲から巨大な稲妻が流れ落ちて、視界が白一色に塗りつぶされた。


「ジニ!」


「任された!!」

 

 疲れた体にムチを打ってジニが走り出してくれる。


 口から煙を吐いて地面に倒れたトカゲの首をジニの剣が切り裂いた。

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