第7話 マリーの忠告

(マリーの忠告が、早速無駄になっちゃったわね)


 はぁ……、って大きくため息を吐いて男の剣に目を向ける。


 外から差し込む光に反射して、その表面が怪しく光っていた。


「酔っているとはいえ、街中で剣を抜くのはどうなのかしら? 普通に犯罪よね?」


「はい。兵士に見つかれば2週間は檻の中で生活することになりますね」


「ごちゃごちゃうるせぇ!」


 いらだたしげに声を張り上げた男に蹴られて、料理が載ったテーブルがひっくり返る。


 木の皿に盛られた料理が地面に散らばるんだけど、周囲に居る人たちは何だか楽しそう。


「何しに来たんだって聞いてんだよ!」


 男が自分の力を見せつけるかのように、椅子の足をへし折った。


 少しだけ遅れて、周囲から歓喜の声が上がる。


「ぶほっ、さすが怪力バカ」


「殺しは面倒だから、半殺しにしとけよー。きゃははは」


(何なのかしら。この野蛮な空間は……)


 気が強い、ってマリーが言ってたけど、これってただのバカよね?


「あ゛ん? 何だよその目は!! なにしに来たんだって聞いてんだよ!!」


 私の態度が気に入らなかった見たくて、男は顔を真っ赤にして怒っていた。


 なんて面倒な男なのかしら……。


 一刻も早くここを抜け出したのだけれど、私たちにはこの場所に来た目的があるのよね。


「薬草を売りに来ただけよ。用事が終わればすぐに帰るから、通してくれないかしら?」


「あ゛ぁ゛? 薬草だと?」


 端的に伝えて先に進もうとしたんだけど、プルプルと震えだした彼が、突然近くにあった植木を切り捨てた。


 そして血走った目を私の方に向けてくる。


「俺が失敗したクエストをお前らみたいなやつが達成出来るわけねーだろーが!!」


 剣を両手で握り直して地面を蹴った。


 筋肉に覆われた体が、私に向かって飛び込んでくる。


(本当に面倒ね。何なのかしら……)


 慌てて私をかばおうとするエリーを手で制して、男の切っ先を見詰めた。


 線はぶれていて、飛び込みも一直線。


 これなら容易に避けられる。


――そう思ったとき、


「辞めてください。本当に捕まっちゃいますよ」


 走り込んできた男の腰に、背後から背の小さな少女が飛びついた。


 予想外の事態に驚く私を尻目に、男がいらだたしげに少女を振り払う。


「うるせぇ、クスが! もとはと言えばお前が悪いんだろーが!」


 あっけなく腰を離れて尻もちを付いた少女のおなかに、男のこぶしがめり込んだ。


「ぅっ……」


 痛みに表情を曇らせた少女の体が宙に浮き、背後のテーブルをなぎ倒す。


「けほ、けほ……」


 倒れた少女の口から血が流れ、咳にも血が混じる。


 それでも男は止めない。


「役に立たねぇくずが!」


 吐き捨てるような言葉と共に、男の足が倒れる少女の腕を踏みつける。


 少女の表情が痛みにうめいていた。


 あまりの出来事にようやく理解が追いついて、私の中に黒い感情が湧き上がる。


(万死に値するわ)


 悩む間もなく、私は地面を強く踏みしめていた。


 歩幅を大きくとって、腰の回転を追加して、そいつの腹にこぶしをたたき込む。


「……あぁ゛? ーーごふっ」


 男の体がくの字に曲がり、腰から砕け落ちた。


「かはっ……、てめぇ……」


「死になさい」


「がっ!!」


 片膝をついてにらむその顔目掛けて、渾身の蹴りをお見舞いしてあげる。


 歯が何本か砕ける音と共に、男の口から血が流れ出した。


「マリー。このクズの相手は私ひとりでやるわ。あの子をお願いね」


「かしこまりました」


 かばんから数本のポーションを取り出して、マリーが少女の元に走って行く。


 そんな彼女の様子を眺めて居ると、男が剣をつえ代わりに立ち上がった。


「死ねやぁぁぁぁ!!!!」


 目を血走らせながら、男が剣を振り下ろしてくる。


 だけどその太刀筋は、城にいる新兵よりも遅い。


 家庭教師として付けられた軍曹クラスなんかとは、比べることすらおこがましく見える。


「あなたみたいなクズには、マッシュもマリーも要らないわ。私で十分よ」


 飛び込んでくる剣を避けて、大きく踏み込む。

 そしてもう1度こぶしをたたき込んであげた。


「かはっ」


 もだえる男の腕を取り、背中に回してねじり上げる。


「容赦なんてしないわよ?」


 ポキリという嫌な感触。


 腕を放して、後頭部に蹴りをいれる。


「っ゛ぁ゛っ゛」


 言葉にならない叫び声をあげながら、男が床に倒れ込んだ。


 折れていると思う腕を踏みつけて、すべての体重をそそいであげる。


「私が軽くて良かったわね」


 一言そう声をかけて、大きくジャンプをする。


 堅いブーツに覆われた右足のかかとを下にして、男のお腹に着地してあげた。


「かはっ…………」


 男の目から光が消え、力なく地面にのびる。


 チラリと背後を見れば、マリーの腕に支えられてポーションを飲む少女の姿が見えた。


 口から血を流しているけど、顔色は悪くない。


(無事だったのね……)


 ホッとした感情と一緒に怒りの熱も冷めていく。


 周囲にいた男たちは、ぼうぜんと立ち尽くして怯えているみたい。


「ジェイさんが、死んだ……!?」


(誰も殺してなんていないわよ!! ……久ぶりにキレちゃって、ちょっと危なかったのは認めるけど。ごめんなさい)


 少女をいたぶるようなクズだったとはいえ、ちょっとだけやり過ぎたかなと思わなくもない。


「まだ生きてるわよ? ……たぶん。大丈夫だといいなぁ、あははー……」


 そうして私が苦笑いを浮かべていると、周囲の空気がさらに引いていった。


――そんな時、


「ありゃ? 僕の出番はなかったの? ひさしぶりに書類整理以外の仕事が出来ると思ったのになー」


 建物の奥から軽やかな声が飛んできた。


「ギルド長!?」


 誰かの叫び声を最後に、みんなが静まり返る。


 むさ苦しい男たちをかき分けるように、10歳くらいのかわいらしい男の子が姿を見せた。


「ギルド長??」


「うん。ここの責任者。お姉さんにゴミ掃除させちゃってごめんねー。ここじゃゆっくり話も出来ないから僕の部屋に来てくれないかな? かわいそうなその子も一緒にね。女性職員さーん、少女を運ぶから手伝ってーー」


「あー、えーっと……??」


 私の返答を待たずにギルド内がバタバタと動き始めちゃって、いつのまにか『ぎるどちょうの部屋』って書かれた場所に案内されていた。

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