第6話 馴染みのない香り

 まぶたの裏に光を感じて、ゆっくりと目を覚ます。


「うぅー……。頭が重いわ……。ちょっと頑張りすぎたかしら……」


 寝る直前まで魔力の増加トレーニングを続けてみたんだけど、無理をしすぎたみたい。

 強いお酒を飲み過ぎた翌日、って感じね。


 あー……、貴族の悪口に耐えられなくてお酒に走った日を思い出すわー……。


「きゅ」


「あー、うん。おはよう、マッシュ。なんだかなじみのない香りね……」


 ぼんやりとした頭を無理に起こして、マッシュが持ってきてくれたカップを受け取る。


 口元で水面を揺らすと、何だかスーってした爽やかな香りが漂って、眠気が少しだけ退いた気がした。


 ふんわりとした暖かさを口に含むと、静かな甘さが寝起きの体に染み渡っていく。


「……あら、美味しいわね」


 なんだろう、これ……?


 マリーがいつもいれてくれる紅茶とも違うけど、素敵な香りよね?


「おいしかったわ、ありがとう」


「キュ!」


 空っぽになったカップを返却して頭をなでてあげると、彼はうれしそうに体をぷるぷると震わせてくれた。


 そのままトテトテと駆けていって、備え付けの流しでカップを洗い始めてくれる。


 マリーには及ばないけれど、この子たちも立派なメイドになれる気がするわ。


(さっきの茶葉はなんだったのかしら? それになんだか体が軽い気がするわね)


 徐々に覚醒していく意識の中でぼんやりとそんなことを考えていると、私の脳内を見透かしたかのように、着替えを用意していたマリーがほほ笑んでくれる。


「薬草みたいですね。マッシュ様が調合された、いわばポーションだと思われます」


「……それはすごいわね。薬剤部にバレたら大騒ぎだわ」


 本の知識があっているのなら、ポーションの調剤はすべての作業が秒単位で決められていて、少しでもずれると効果がなくなるらしいのよ。


 出来上がりには最低でも1週間は必要で、苦味の強いものになるはずなんだけど……。


「そういえば、いつの間にか体のだるさが消えているわね。……魔力も回復するのかしら?」


「私も頂きましたが、回復したように思います……」


 真剣な表情を見せたマリーと顔を見合わせる。


 体力だけ、魔力だけを回復させるポーションはあるのだけど、両方に効果あり、って物は知らないわ……。


「私にしかるべき地位とツテがあれば、これだけでも一財産になるわね」


 奥底から湧き上がってくる悔しさを隠すために、肩をすくめて笑って見せた。


 このまま発表したら、私の事が嫌いな貴族たちにもみ消されるか、檻に入れられて死ぬまでポーションを作らされ続けるか、そのどちらかよね……。


 いつの間にか、はぁー……、って深いため息が口をついて出てていた。


「自分たちで飲まない分は薬草のまま売るしかないわね。売る場所は冒険者ギルドでいいかしら?」


「はい。私もそのように記憶して居りますね」


「わかったわ。それじゃぁ今日は、城下町の方に行ってみましょうか」


 悔しく思うけどすぐにはどうすることも出来ないし、こればっかりは仕方がないわよね……。


 本日3回目になる深いため息をつきながら平民服に着替えて、私たちは秘密の抜け道に足を向けた。





 5体のマッシュが持ち上げる葉っぱの上に乗って、通路を右に抜ける。


 まぶしい光に目を細めながら外に出ると、そこは城下町の端の方。


 人気のない裏路地みたい。


「さてと、ギルドが集まっているのは、中央通りだったかしら?」


「はい。ご案内致します」


「よろしくお願いするわ」


 事前の打ち合わせ通り、ここからは大店の娘とメイドの設定ね。


 マッシュ入りのバッグをマリーに持って、城下町の人混みの中をゆっくりと進んでいく。


(朝から活気があるわね。だけど、奴隷と浮浪児の数が多すぎないかしら?)


 華やかな服装で朝から酒を酌み交わす人。

 大きな肉を張る人。


 そんな人々の陰に紛れて、うつろな目で通路に座り込む子供たちの姿があった。


(食べれないものは奴隷になって食べ物をもらう。そう聞いていたけど、どう見てもあの子たちは充分な量を食べれてないわよね?)


 パレードの最中に見る姿や、城の教師に教えられた内容と大きく違う。


 そうは思っても、今の私にはどうすることも出来なかった。


(私たちは民に支えられている。現王である父がそう言っても、これが現実なのね)


 強く心を動かされたなんて言わないけど、光の消えた瞳で空を見上げる子供たちの姿が私の心に焼き付いた。


 そうして街の中を進んでいると、先導するマリーが大きな扉の前で立ち止まる。

 見上げる先にあるのは、剣と盾が交わったエンブレム。


「ここが冒険者ギルドかしら?」


「はい。冒険者には気の強い者も多いと聞きますので、お気をつけください」


「わかったわ」


 マリーの忠告を聞きながら扉を潜れると、ヒンヤリとした空気と一緒に騒がしい男たちの声が聞こえて来た。


「かーー! やってらんねーー!」


「うるせぇぞ! クエスト失敗はお前のせいだろうが」


「ぁ゛ぁ゛!?」


 ボロボロになった皮の防具を身に付けた男たちが、併設された酒場のような場所で酒を飲んでいるみたい。

 その中のひとりがなぜか私たちの方に視線を向けて立ち上がった。


「なんでこんなとこに女が来てんだよ。なめてんのか! ぁ゛ぁ゛!?」


 身長は190センチくらい。


 筋肉隆々の彼の手が、腰にささっていた剣を抜いた。

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