第8話 ギルド長

 部屋の中にあったのは、書類の山になった机と綺麗なソファー。


「座って座ってー」


「あっ、うん。わかったわ」


 私の隣にマリーが座り、向かいには子供にしか見えないギルド長と顔を青くした少女が座る。


(殴られた跡も残ってないわね。すっこぐ緊張しているように見えるけど、体調は大丈夫そう)


 良かったわー、なんて思いながら少女を眺めていたら、彼女の肩がビクンって大きく跳ねて、深々と頭を下げられちゃった。


(うん、完全に怖がられてる……)


 すっごくショックなんだけど、あれだけ暴れちゃったし、仕方ないかな……。ぐすん……。


 なんて思ってたら、ショタのギルド長――ショタ長がコホンってかわいく咳をした。


「僕のところの若いのがごめんなさい。スタッフさんに教えてもらってあわてて見に行ったんだけど、終わった後だったみたいだったから……」


「あー、うん、まぁ、そうね。私たちにケガはないし、そこにいる女の子もいまは大丈夫みたいだし、気にしてないわよ?」


「そぉ? ありがとっ! お姉さん優しいね!」


 ショタ長が私の手を握って、子犬のような笑みを見せる。


 くぅー、上目遣いがあざとい!

 あざといけど、かわいい!!

 あざとかわいい!!



「お姉さんは貴族様?」


「ぶふぅ」



 悶えていた私に、豪速球が投げ込まれました。



 隣に座るマリーは澄ました顔をしているのだけれど、うかつにも私の方が大きく反応しちゃった。


 殴られていた少女の顔がさらに青ざめて、ショタ長が床に膝をつける。


 神にでも祈るように私の手を握ったショタ長が、ウルウルって瞳を揺らした。


「悪いのは管理出来なかった僕だけです。ほかの子たちは見逃してください」


 あざとさをなくした本気のやつ。


 小さな子供2人を青ざめさせて、泣きそうな瞳でお願いされてる。


 どう考えても私が悪人よね、これ……。


 誰よ、この子をギルド長にしたのは!

 すっごくやりにくいじゃない!!


「大丈夫よ。罰則なんてしないわ。だから顔を上げてくれる?」


「本当……? ありがとう、優しいお姉さん!」


 私の手を握ったままショタ長がキラキラした笑みを見せて、少女が神と私に感謝をした。


 お飾りのお姫様でしかない私にそんな権限も力もないんだけど、貴族ってだけですっごく怖かったんでしょうね。


 私にも思い当たる節がいっぱいあるもの……。


 だけど、このままやられっぱなしってのも、嫌なのよねー。


「それじゃぁ、無事に話もまとまった訳だし、演技はそのくらいでいいわよ? ギルド長さん」


「ぅ゛ぃ゛!?」


 ニヤリと黒い笑みを浮かべた私の言葉に、ギルド長の口から悲鳴が漏れた。


 やっぱりショタは演技だったかー。


 貴族を当てられた仕返し成功ね!


「大丈夫よ、罰なんてないから。しゃべりやすい口調で話してね、ってだけ」


「…………そうですか。わかりました。だけど、どうしてわかったんですか? 僕が演技してるって」


 そんなの簡単。ギルド長にまで上り詰めた人が、本当に子供のはずないじゃない。


 ってのが根拠なんだけど、そのまま答えでも面白くないわよね。


「女のカンね」


 なんて答えて黒い笑みを浮かべたら、椅子に戻ったギルド長が美少年の雰囲気を残したままニヤリって笑ってくれた。


 私も同じような表情をしてるのか、隣に座る少女がかわいそうなほどオロオロしちゃってる。


 そんな少女に心の中で謝罪しながら、体を前に乗り出した。


「それでね。ここに来た要件なんだけど、これを買い取って欲しいだけなのよ」


 私がそういうと、マリーがすかさず机の上に薬草を並べてくれる。


 薬草が全部で4本。


 その中の1本を手にとってマジマジと見詰めたギルド長が、へぇー、って楽しげな声をあげた。


「質の良い薬草を4本ですか。しかも乾燥まで済ませているだなんて、うちのDランクを返り討ちにした実力は本物だった、ってことですね」


 予想外の高評価に隣の少女を流し見たんだけど、彼女も薬草を見て驚いているわね。


 本の知識以上に、薬草って珍しいものみたい。


「こちらの品でしたら、全部で小金貨2枚でいかがですか? もし、冒険者として登録までしていただけるのであれば、Cランクの称号と裏口の鍵をお渡し致しますよ」


 んー……、小金貨の価値がいまいちわからないんだけど、裏口の鍵はもらっておいて損はないわよね。


「わかったわ。仮の名前で良ければ登録しても良いわよ?」


「ありがとうございます。他の冒険者と同じように依頼をお願いすることは出来ますか? もちろん、内容を聞いて拒否してもらっても罰則などはありません」


「……そうね。他の冒険者と同じ扱いならいいわ。私個人で出来ることなんて少ないからそのつもりでね?」


 どうせ王族としての仕事なんてないし、ちょっとくらいなら大丈夫でしょ。


 爺も色々な事を経験すればいい、って言ってたもの。


 なんて思ってたら、ギルド長の笑みに深みが増した。

 

「わかりました。それでは早速ですが、こちらの少女をお願い出来ませんか?」


「え……?」


 予想外の言葉に口から声が漏れる。


 ショタ長が心の底から楽しそうに笑っていた。

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