第2話 書庫のぬし

 知らないのなら、知ってる人に聞けば良いじゃない!


 2体に増えたマッシュの召喚を解除した私は、通い慣れた第2書庫に駆け込んだ。


 インクと紙の香りが漂う独特な空気を体全体で感じながら、目的の人物を探していく。


「爺……、良かった、居てくれたのね……」


 人気のない書庫の最奥に、お目当ての老人が、分厚い本に囲まれてた。


 パタリと心地良い音が響いて、爺が私たちに丸い瞳を向けてくれる。


「おや、姫様。本日はお見えにならないと思っていたんじゃが、何かありましたかのぉ?」


 私の顔と背後に控えるマリーの様子を流し見て、爺の白い眉がピクリと上がった。


 メイド服の端は溶かされたままで、私もひどく焦った表情なんだと思う。


「はてさて、面倒ごとですかな? ワシで良ければ聞きますぞ?」


 細められた目尻に、優しいしわが刻まれて居た。


 いつもの優しい微笑みで、爺が楽しげな顔を見せてくれる。


 活字中毒仲間である爺はマリーの次に信用できる人で、私が知る中で唯一、貴族や平民などの階級を気にしない人だった。


 ちなみにだけど、私とマリーは貴族が大っ嫌いだから彼とはまた別の人種ね。


「今日はいろんなことがあったのよ。まずはこの子たちを見てくれるかしら? マッシュ、おいでー」


 お腹のあたりに貯まった魔力を糸にして、魔法陣を描く。


 テーブルの上に見慣れた模様が浮かんで、2体のマッシュがひょっこりと顔を覗かせた。


「「きゅ?」」


「おや?」


 不思議そうな声を漏らす爺を尻目に、マッシュたちが空いていた席に降り立って右手を掲げてくれる。


 ふむふむと口元に手を当てた爺が、楽しげに目を細めた。


「……ううむ、さすがは姫様ですじゃ。面白いものを見せてくださる」


 立派な口ひげをもてあそびながら、爺は何度もうなずいてくれる。

 よかった。どうやら無事に興味を引けたみたい。


 良い人なんだけど、猫みたいに気分屋なのよね。


「理由は分からないのだけど、スライムを食べさせたら急に増えたのよ」


「ほぉ、スライムを。なるほど、それは面白いですな。魔力のつながりは感じるのですかな?」


「えぇ、2体ともつながってる気がするわ。多分なんだけど、どっちも私のマッシュなのよね」


 上手く言葉に出来ないんだけど、どっちかが元のマッシュって訳じゃなくて、どっちも同じマッシュなのよ。


 2体で1つ、みたいな?


「つながりはどちらの方が強いのですかな?」


「ん~……。どちらかと言えば、こっちかしら」


「ほぉ、どちらかと言えば……」


 そうして聞かれるまま答えていくうちに、ふむふむと声を漏らした爺が目を閉じて思考の中へと旅立った。


 書庫のすべてを読破した彼は、どんな答えを出すのだろう。

 そう思いながら悩む彼を眺めていると、不意にその口角がニヤリとつり上がる。 




「このような現象は始めて知りましたな。いやはや、長生きはするもんじゃ」




「え…………?」


 思わず漏れた私の声に、爺があごひげを弄ぶ。


「ワシも姫様も知らぬと言うことは、国内での報告例は無いですな。世界初かも知れませぬ」


 右のまぶただけを持ち上げて、爺が得意げに胸を張っていた。


「まぁ、何はともあれ、落ち着いた方が良いですな。焦っていては幸運は逃げて行きますぞ?」


 どっこいしょ、と立ち上がった爺が、私の側に歩み寄る。

 しわだらけの手が伸びてきて、私の髪を優しくなでてくれる。


 懐かしく感じるその手の感触に、小さな暖かさが私を淡く包んでくれた。


 焦るな、か……。


「そうね。爺の言う通りかも知れないわ」



 追放まで残り4ヶ月。


 スライムを持ち込んだ犯人探し。


 マッシュはなぜ増えたのか。



 思うところは色々あるのだけど、私が出来る事なんて多くは無いものね。


「まずはマッシュが増えた原因を探るところから始めるよね?」


「ほほほ、そうですな。己を知ればなんとやらですじゃ。」


 普段の姫様ならワシのところに来る前に自分で調べるのではないですかな?


 物知り顔で笑う爺の声に、うっ、と言葉に詰まる。


 確かに普段通りなら、そうよね……。


 図書館に来て、真っ先に爺を探すなんて、普段なら絶対に無いもの。


「それとのぉ、姫様は色々と体験をしてもええと思いますぞ?」


「体験……? どういう意味かしら?」


 コテリと首を傾げると、爺が大きく肩を震わせた。


「先人の知識をもらい、自分の体で新しい知識を取り入れる。4代前の国王の言葉ですじゃ」


「賢王の言葉ね……」


 でも確かにそうなのかも。


 スライムを食べたから、マッシュは増えたのよね。


 私も新しい経験をすれば、知識も増えるかしら?


「あまり深く考えない事じゃ。新しい本を開くように、新しい景色を見たらええって事ですかのぉ?」


「なるほど、それは何だか楽しそうね。ありがと、爺」 


「ほほほ、なぁに、若い者との語らいが老後の楽しみですじゃ。姫様にはその笑顔が似合いますぞ」


 目尻のしわを深めた爺が、優しい瞳で笑ってくれた。

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