落ちこぼれ達の下克上~死にたく無いから目立たせて頂きます!~

薄味メロン@実力主義に~3巻発売中

第1話 追放の危機

 毛の長い絨毯が敷かれた通路を進む私の耳に、ヒソヒソと話す女性たちの声が聞こえてくる。


「聞きまして? キノコ姫のお話」


「卑しいあの方が無能だった、ってお話でしょ? 母が平民だとそうなるのかしらねぇ」


 ドレスに身を包んだ女性たちが、チラチラと私を見ていた。


 うわさ話ならもう少し静かにすればいいのに、と思うのだけど、聞こえるように話しているのよね、たぶん……。


「新兵に倒される召喚獣がパートナーだなんて、ワタクシなら恥ずかしくて死んでしまいますわ」


 おほほほ、なんて、口に扇子を当てたご令嬢たちが笑っている。


 なによ! 私のマッシュくんは、もちもちのフワフワなんだからね!

 そういうあなたは、スキルの1つもないでしょ!!

 

 なんて言ってやりたいけど、言っても意味が無い事くらい分かってる。


「おほほほほ」


 私が小さくため息を漏らすと、彼女たちの笑い声が大きくなった。


 先触れとして前を歩いていたメイドのマリーが、悲痛な表情を浮かべて振り返ってくれる。


「姫様……」


 陰口を言われるのなんていつもの事なんだけど、やっぱり不安みたい。


「大丈夫よ。行きましょう」


「はい……」


 心の中のむなしさにギュッギュ、って蓋をして、私たちは足早にその場を通り過ぎた。




「第4王女、ミリアン・フィリア様。ご入場!」


 私の入場を告げる声を聞きながら第1会議室のドアを通り抜けたんだけど、波が引くように周囲の話し声が消えていった


 その代わりに出てきたのが、怒りの視線。


『平民が貴族の場所に来るな』


『王族みたいな顔してるんじゃねぇよ』


『身の程をわきまえろ』


 詳細は分からないけど、そんな感じかな?


 300人を超える貴族が居るのに、好意的な視線はないみたい。


 来なくて良いのなら、ずっと図書室にいるのだけど、来なくても騒ぐんでしょ?


 王家の面汚しだとか、王族の自覚がないだとか。

 ……ほんと、嫌になるわね。


「奥様、無能姫が困ったらっしゃいますわ」


「あらやだ。おかわいそうに」


 クスクスと笑い声がもれて、楽しそうな視線が向けられる。


 私が困ってて、何が楽しいのかしらね……。


 もしかすると、この人たちは人間じゃないのかしら?

 少なくとも私と同じ種族じゃ無いみたい。


 なんて思っていたら、


「第1王子、マルス・グランピアス・フィリア様。ご入場!」


 母の違う兄妹たちが姿を見せ始めた。


「マルス様、今日のお召し物も似合ってます」


「さすがマルス様です」


 押しのけられるように壁際に寄った私の耳に聞こえてくのは、気味の悪い愛想笑いと、語彙力のないゴマすり。


 次期王はあなた様が、なんて言葉が会場の至る所から聞こえてる。


 もちろん私に話しかけてくるような貴族なんていないわね。


「はぁ……、帰りたい。どうしてパーティ中は読書禁止なのかしら……」


 そんな声が口から漏れるくらい暇だったのよ。


 そうしてぼんやりと終わりの時を待っていると、不意に王の入場を告げる笛の音が聞こえてくる。


 私の時とは種類の違う静寂が訪れて、この国の最高責任者が姿を見せた。


「よく集まってくれた。開票結果を伝える」


 キラキラとした衣装に身を包み、おなかに響くような低い声で王が告げる。

 次いで聞こえて来たのは、私たち次期国王候補に対する貴族たちの支持率。


 年に4回行われる行事で、500人を超える貴族が投票するのだけど、


「ミリアン・フィリア様、……0票。領地や役職の割り当てはありません」


 結果はこれまでと変わらなかった。


 王の前で笑うような馬鹿はいないけど、みんな蔑む視線を向けてくる。


「ミリアンよ。来期が最後だ、わかっているな?」


「はい。心得ております」


 母に教えてもらった作法で礼をする私の前を、王がゆっくりと歩いて行った。


「これでようやく追放ですわね」


「やっと目障りちゃんが消えてくれますわ」


「これこれ、まだ1期あるんじゃ、無能姫の足掻きを堪能しようぞ」


 ふふふ、ホホホ。


 王が部屋を出た瞬間から、気持ちの悪い笑い声にあふれていた。


「マリー、行きましょうか」


「はい……」 


 そんなネチネチとした視線から逃げるようにして、マリーと2人で会議室を後にする。


 あの人たちから、10票……。

 たった10人と言う数字が、とてつもなく大きくのしかかる。


 蔑む視線をかき分けるマリーの背中が、ぼんやりとにじんで見えた。


 私は追放でも良いの。だけど、せめてマリーだけでも……。


 そんな思いを胸に、自分の部屋へと綺麗な背中を追いかけた。




「……って、何よこれ!!」


 そんな私を待っていたのは、ズタズタに引き裂かれたベッドと、床の上を跳ねる赤いスライム。


「なんでスライムが!?」


「姫様!」


 部屋の中に魔物がいるなんていうあり得ない光景に動きを止めた私の隣を、小さなナイフを握りしめたマリーが通り過ぎていった。


「ふっ!!」


 気合いの声と共にマリーがナイフを振る。


 普段のおしとやかさとはかけ離れた鋭い攻撃が走るんだけど、スライムが大きく跳ねて、切っ先が空を切った。


 反撃とばかりにスライムが飛び込み、マリーの足をかすめる。


「くっ……」


「マリー!」


「大丈夫ですよ。すぐに排除致します」


 そう言って微笑んでくれたけど、彼女のスカートの端っこがスライムに溶かされていた。


 マリーが死んじゃう! 私の大切なマリーが!!


 そんな思いが巡って、心臓がギュッと引っ張られた。


 大慌てて脳内に魔方陣を思い描いて、ありったけの魔力をそそぎ込む。


「マッシュ! 助けて!!」


 スライムとギリギリの攻防を繰り返すマリーを尻目に、六芒星の魔方陣が浮かび上がった。


「きゅ?」


 その中央から膝丈くらいの大きなキノコ――私の召喚獣であるマッシュが姿を見せて、コテリと首をかしげる。


「マッシュ、あのスライムを!」


「キュキュ!」


 私たちのピンチを悟ってくれたのか、マッシュが鋭い鳴き声を上げて、スライムに向かっていってくれた。


「キュ!」


 ボテリとした1本の足を前にして、マッシュがスライムに飛びかかる。


 狙いすましたドロップキックがスライムのおなかに突き刺さり、スライムがポテンと床に転がった。

 そうして出来た隙に、マリーがナイフを突き立てる。


「っ!!」 


 長い髪を揺らしながら、マリーがナイフを両手で握り直した。


 ナイフがゆっくりと、スライムの中に刺さっていく。


 バタバタと抵抗する表面を切り裂いて、切っ先が中央の真っ赤なコアを切り裂いた。


「はっ、はっ、はっ、はっ…………」


「きゅ!」


 額にうっすらと汗を浮かべて、マリーがホッとした表情を見せてくれる。

 その隣に寄り添ったマッシュが、楽しげに体を震わせていた。


 ベチャリとつぶれたスライムに動きはない。

 どうやら無事に倒せたみたいね。


「ありがとう、マリー。助かったわ。マッシュもお疲れ様」


「きゅきゅ!」


「いえ、お手伝いいただきありかとうございます」


 誇らしげに胸を張るマッシュをよそに、マリーと顔を見合わせて、ホッと肩を下ろした。


 これって、誰かからの嫌がらせよね?

 街の中に魔物がいるなんて、あり得ないもの。


「魔物を王宮に持ち込むなんて何考えてるのかしら……」


 見つかったら問答無用で死罪よ?


「ねぇ、マリー、犯人捜しは無理よね?」


「恐らくは……。誠に申し訳ありません」


「いえ、良いのよ。マリーが悪いわけじゃないもの……」


 悪いのは、王族なのに権力の無い私ね。


 普通に考えて王女に対する殺人未遂なのだけど、王宮に勤めてる兵士に訴え出ても無視されるだけなのよね。


 貴族から指示されない王女は、空気と一緒。ただそこに居るだけ。


 どうにかしなきゃ、って思うけど、具体的な方法なんて思い浮かばない。


 外交で実績を上げても、魔法の研究論文を提出しても、何も変わらなかった。


 私を見てくれる人なんて、マリーかマッシュくらいなのよね。


「マッシュは優しいわね。つるつるしてて、ふかふかしてて最高よ」


「キュ!」


 側に来てくれたマッシュの傘をなでてみたり、もちもちのお腹をぷにぷにしてみたり。

 そうしているだけで、心が洗われているから不思議よね。


 この子が強かったら、なんて思った時もあったけど、マッシュは私の大切なお友達。

 誰が悪いって訳じゃないの。悪いのは、貴族から見向きもされない私だけね。


「キュー……」


「ん? どうしたの?」


 いつもなら私の気が済むまで側に居てくれるんだけど、なぜか今日はトテトテと歩いて行ってしまった。


 首をかしげながらその彼の行く先を目で追ってたんだけど、目的地は床に倒れたスライムみたい。


 ぷにぷにの丸い腕でスライムを突っついたマッシュが、小首をかしげながら私の事を見上げてくる。


「んー……??」


 何かをしたい、ってことは伝わってくるんだけど、なにを?


 って思ってたら、背後からマリーの声が聞こえてくる。


「ミリ様。マッシュ様はスライムを食べたいのではないですか?」


「え……? 食べるの? スライムを?」


「はい。貴族の方々は召し上がりませんが、一般には魔物の肉も食されております」


「キュゥ!」


 正解! とでも言うように、マッシュがピシッ、とマリーのことを指さした。


 そうなの、食べるのね、スライムを……。


「……そうね。マッシュもお手伝いしたんですもの。好きにして良いわ」


「キュ!!!!」


 元気な鳴き声を上げたマッシュが、スライムを持ち上げる。


 スライム、ねぇ……、おいしいのかしら。


 なんて思ってぼんやり思っていたら、スライムを抱きかかえたマッシュが、あーん、って感じでプルプルボディに口を付けちゃった。


――その瞬間、


「きゃっ!」


「ミリ様!!」


 淡い光がマッシュの体を包み込んだ。


 次第に収まっていった光の中から現れたのは、2体・・のマッシュ。


「…………え?」


 その片方が、私の方を向いてペコリって頭を下げてくれた。


「……増えたのかしら?」


「「キュ!」」


 私の問いかけに答えるように、2体が右手を大きく掲げて、声をそろえて鳴いてくれる。


「召喚獣が増えるなんて、聞いたことがないわね……」


「私もです……」


「キュー♪」「キュキュキュー♪」


 驚く私たちを尻目に、2体のマッシュがホウキとちりとりを取り出して、部屋の掃除を始めてくれた。

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