第34話 ショタ長のお願い

 正面の出入り口から外に出て、連れて行かれたのは空き地ね。


 ショタ長が言うには、鍛錬場らしいんだけど、どうみてもたたの空き地よ?


「気絶魔女vs剛剣。魔女が勝てば50倍だ! さぁさぁ、夢を見たいやつは居ねえかー!?」


「剛剣に10,000だ!」


「こっちも剛剣だ!」


 周囲には休憩中だった冒険者や騒ぎを聞きつけたやじうまたち、ギルドの職員までもが賭け事を中心に盛り上がりってるみたい。


 ちなみにだけど、相手の倍率は1.01倍でリリが50倍。みんな人を見る目がないわねぇ。


 これで私がリリに全財産かけたら、がっぽりなんじゃないかしら?


 まぁ、面倒だからやらないけどね。


「さぁ、対戦の時間が近付いてきました。観客は剛剣が圧倒的に有利と見ているようですが、ギルド長はいかが思われますか?」


「んー、そうだね。ここだけの話なんだけど、リリちゃんを知り合いに預けたらすっごく強くなったんだよね。良い試合になるんじゃないかな?」


「ほほぉ、リリさんが急成長ですか。これは興味深い情報ですね。さぁ、賭けの締め切りも近付いてきました。ギルド長にはこのまま試合の解説をお願いしたいと思います」


「はいはーい。よろしくねー」


 どこから持ってきたのか、机と椅子が並べられて実況と解説の席が設けられていた。


 彼らの前には声を拡散させる魔法具まで置かれているところを見ると、ギルドが全面的にサポートしているんじゃないから?


 ってか、ショタ長さん、あなたは何をしてるのよ……。


「あー、業務連絡、業務連絡ー。殺伐とした空気でみんな疲れてるからその息抜きも兼ねてるの。ごめんだけどよろしくねー。ギルド長からの願いでしたー」


 どうやらそういうことみたい。


 まぁ確かにギルド内は嫌な空気が漂っていたし、盛り上げたい気持ちもわからなくないんだけどね……。


 さらし者みたいで嫌な気もするんだけど、リリの強さを知らしめるための証人って思えば、許容範囲かしら?


「それじゃ、リリ。勝ち負けにはこだわらなくていいから、あなたの力をみんなに見せてあげなさい。やれるわね?」


「はっ、はい! 頑張ります」


 グッとこぶしを握りしめたリリが、気合いの入った笑みを見せてくれた。

 どうやら緊張とかはしていないみたい。


 そんな彼女を抱きしめながら髪をなでて、戦いの場へと送り出してあげた。


 ショタ長たちの動きを見る限り、試合開始まではもう少しと言ったところかしら。


 んー……、やっぱり前言撤回ね。


「マリー。持ち合わせのすべてをリリに全部賭けて来てくれる? ショタ長にも売却した薬草のお金をリリに、って要請しておいて」


「かしこまりました。手配致します」


「うん、よろしくね」


 ぶっちゃけた話、手持ちがいくらあって、薬草のお金がいくらなのかなんて全然わからないのだけど、まぁいいでしょ。


 賭けの胴元は冒険者ギルドでしょうし、解説者席で楽しそうにしている人への罰にはちょうどいいわよね。


「さぁ、投票締め切りです。直前に大口の参入があったようで最終倍率は気絶魔女が5倍。剛剣が1.1倍となりました。それでは間もなく試合開始です」


「はいはーい。それじゃぁみんな、準備OKー? 2人とも頑張ってねー。……始め!!」


 解説席に居たショタ長の合図と同時にリリの前に1体のマッシュを呼び出す。


 彼には大きな盾で男が迫ってくるのを防いでもらう、……予定だったんだけど、2メートルくらいの剣を構えたA級の男が突然リリから距離を取り始めた。


 詠唱しようと杖を握ったリリが驚きで動きを止める。


 そんなリリから大きく離れた男が、ニヤリと笑って見せた。


「先手はくれてやるよ。待ってるから矢でも魔法でも撃ってこい」


 剣を地面に突き刺して、男が両手を広げた。


 作戦じゃなくて、観客を盛り上げるためのパフォーマンスかしら?


(自分から攻撃すれば、盛り上がる間もなく倒してしまって面白くない?? リリをなめすぎね)


 まぁでも、観客は盛り上がっているし、私としても手間が省けていいんだけどね。


「リリ。最大級のやつで良いわよ。派手な魔法でこっちも盛り上げてあげましょう」


「わかりました。あっ、後ろの人たち、危ないから下がっていてくれますか?」


「おい、気絶魔女がなにか行ってるぜ」


「ぎゃははは、ここまで届く魔法とかすげーな、ぜひ当ててくれよ」


 一応の忠告はしたんだけど、観客たちに動く気配はないみたい。


 リリをバカにして笑い合っているわね。


「大丈夫よ。彼らも自分でなんとかするでしょ」


「……わかりました」


 ふぅ、と息を吐いたリリが、愛用のつえをバトンのようにくるくると回して目を閉じる。


「火の神々よ。いにしえより燃えさかりし断罪の火を我に……」


 言葉の1つ1つに魔力を込めてじっくりと魔法を練りはじめた。


 そして長いようで短い詠唱が終わり、5メートル近くの火の玉が彼女の頭上に浮かび上がる。


「「「なっ!?」」」


「おいバカ、逃げろ!!」


「っち、シャレになってねぇよ!!」


「退け、邪魔だ!!」


 観客から悲鳴にも似た驚きの声が上がり、男の後ろにいた人々が大慌てで逃げはじめた。


 男の顔から余裕の表情が消え去り、刺さっていた剣を慌てて抜き取る。


「ぇぃ!!」


 肌を刺すような熱量を周囲にまき散らしながら、火の玉が男目掛けて飛んでいった。


(このまま直撃すれば死んじゃうかも知れないわね)


 そう思いながら男の周囲にマッシュを呼び出す準備をする。


 リリ自身もさすがに直撃させるつもりはないみたいで、つえをギュッと握りしめて魔法を消すタイミングを計っているみたい。


 放送席に居たギルド長も、大きなつえを片手に飛び出してきて、詠唱を始めていた。


――そんな中、


「ちっ!!」


 みんなの予想に反して、男が火の玉目掛けて地面を蹴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る