第10話 勝ち越し

 これで勝ち越しね、なんてクスクス笑いながら、私たちはギルド長の部屋を後にした。


 部屋の中に居た時よりも少女の顔色が悪くなってるのが気になるけど、それはまぁ仕方がないかな。


 普通の貴族だと思ってたら王族ですものね、しかも不意打ち。


「ミリ様、本名を告げでもよろしかったのですか?」


「……うん、大丈夫よ、問題ないわ」


「そうですか、かしこまりました」


 いや、あれよ? 私も言う気はなかったんだけどね。


 負けっぱなしは嫌じゃない?


 だから仕方ないの。うん。


 はぁ、ってため息を付くマリーから目をそらして、少女と視線を合わせる。


「ごめんね。裏門まで案内してくれないかしら?」


「はひっ!! こちらでございますですっ!!」


 あっ、うん。ほんとにごめん……。


「うっ、裏門、でしゅ」


「……うん。ありがとね。マリー、案内お願い」


「かしこまりました」


 あー、良い日差しねー。絶好の買い物日和だわー……。


 背後でガタガタ震える少女との買い物、すばらしいわー……。


「ねぇ、」


「はひっ!!!!」


「…………」


 ……そんなに私って怖いかしら?


 怖くないわよね?


 王族だからってだけよね??


「はぐれないでね?」


「はひ!!」


 ドキドキしながら少女に手を差し出したんだけど、彼女の両肩がビクンって跳ねて、恐る恐る手を握り返してくれた。


 かわいそうなほど手がプルプルと震えてて、足取りもなんだか不自然ね。


 ……やっぱり、かかと落としはやめといた方が良かったかしら?


 そうは思っても、姫のたしなみとして教え込まれたのだから仕方がないのよ。うん。


 けど、チラ、チラ、って私の事を見上げてくるのよね。


 これは話したがってると思っていいのかしら? 希望はあるわよね!?


(よし! 次に視線が重なった時がチャンスね! 私はやるわよ!)


 ってことで、慎重にタイミングを見定めて、出来る限りの優しい声で話しかけてみる。


「どうしたのー? なにか聞きたい?」


「ュェゥ!?」


 ベストなタイミング。声の品質もバッチリ。


 そう思ったのに、少女の体がビクンと震えて、乙女らしからぬ声が漏れ聞こえてしまった。


(そこまで怖がられると、さすがに傷付くわよ……? 大丈夫よー、怖くなんてないわよー)


 なんて思っていたら、少女が恐る恐ると言った感じで、私の顔を見上げてくれる。


「えっと、……王女様、なんですか?」


 今にも消え入りそうな声が、漏れ聞こえた。


 ある程度予想はしていたけれど、やっぱり私の立場が引っかかったみたい。


 なんて答えたらいいかしら?


 ん~……、やっぱりありのまま言うしかないわよね?


「書類上は第4回王女かな。けど、その辺はあんまり気にしなくてもいいわよ? 無能なキノコ王女って聞いたことない?」


「えっと……、あのー……」


 何かを言いたそうに口を開くんだけど、肝心の言葉が出てこない。


 知ってるけど、良い答えが見つからないのかな。


「あー、ごめんね。本人を前にしたら答えにくいわよね。まぁ、その辺は嫌でもわかると思うし、後回しでもいいかしら? 先に私のパートナーを紹介するわ。マッシュー、おいでー」


 念のために周囲に人気がないことを確認してから、マッシュを1体だけ少女の前に出現させた。

 

「きゅ?」

 

 ポヨンと飛び出してきたマッシュが、なーにー? とでも言いたげな表情で小首をかしげて、少女を見上げる。


 見るからに緊張している少女と、困り顔の私。

 マッシュは一目で状況を理解してくれたみたい。


 突然両手を大きく広げたマッシュが、ポテポテと少女の手の中に飛び込んでいった。


「わっ!」


 驚きながらも両手でマッシュを包み込んで、少女が目を大きく開く。


「……もちもち、フワフワ!!」


「キュ!」


 漏れ聞こえる褒め言葉に、マッシュがうれしそうに体を震わせた。


「気持ちいいでしょ? 戦闘能力はあんまりないけど、抱き枕に最適でメイドの仕事もしてくれるのよ」


「キュキュ!」


「今度は料理も覚えてもらおうかと思っているの」


 なんて言葉にすれば、キョトンと首をかしげた少女が、優しげな笑みを見せてくれた。


「賢いんですね。私も欲しいです」


「ふふ、そうでしょ。今日は1日その子を貸してあげるわ。心行くまでモフモフしちゃって良いわよ」


「……はいっ! ありがとうございます!」


 早速とばかりに、マッシュを両手でギュッと抱きしめて、そのプルプルな傘に顔を埋めた。


(私と打ち解けるためと、本気で楽しんでいる部分と、半分半分ってところかしら?)


 そうは思っても、前進であることに変わりはない。


「マリーは後で本人から自己紹介してもらえばいいわね。それじゃぁ、あなたのお名前を教えてもらえるかしら?」


「あっ、はい! リリって言います。一生懸命がんばります!」


 マッシュを両手で抱きしめたまま、リリが大きく頭を下げる。

 短く切りそろえられた髪が、フワリと揺れた。


 そうしてぎこちない雰囲気をまとった自己紹介を終えた頃、周囲がにわかに活気づいてくる。


 マリーが進む先に視線を向ければ、人々の笑みがこぼれる青空市が見えてきた。

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