第50話 温泉へ

 御前試合の結果を見た貴族たちがどう判断するかはわからないけど、出来るだけのことはしたと思う。


 あとは投票の結果を待つばかり……。


 なんて思っていたんだけど、森に作ったプライベート温泉へ向かおうとしていた私たちを1人のメイドが呼び止めた。


「ミリアン・フィリア様。申し訳ありませんが、投票場にお越しください。マナティウス・ドラン様から、伏して願う、との言付けを承っております」


「爺が……? ……わかったわ。すぐに向かうと伝えておいて」


「かしこまりました。失礼致します」


 これまでじゃ考えられないほどキレイなお辞儀をしたメイドが、パタパタと走り去って行った。


 爺も立派な貴族だから投票場にいてもおかしくはないんだけど、図書室から出なかった彼がどうしたのかしら?


 それに私を呼ぶなんて、何があったのかも予想すら出来ないわね。


 チラリとマリーに視線を送ったんだけど、彼女も首を横に振るだけ。


「とりあえず行くしかないわね。3人とも、悪いんだけど付いてきてもらうわ」


 そういうことになったのよ。



 前回の投票の時は、逃げ出したい、って気持ちでいっぱいだったんだけど、今は不思議と平気ね。


 苦手な貴族相手であっても、愛想笑いくらいは浮かべれるんじゃないかしら。


 頼りになるみんながいることが大きいと思うのだけど、ちょっとくらい私も成長していたりするのかしらね?


 そんな事をぼんやりと思い浮かべながら第1会議場の扉をくぐったんだけど、中の様子はいつもと違うみたい。


「ふざけるな!! キノコ姫に何が出来るんだよ!!」


「そうだ!! 平民姫を支持する派閥なんて認めねぇからな!!」


 怒号やいら立ちが満ちあふれていて、私に目を向ける人なんていない。


「貴族の恥に投票するようなやつは、反逆罪だ!!」


「兵士たち、あいつらを捕まえろ!!」


 100人くらいの貴族が、飛びかかりそうな勢いで、爺をはじめとした老人ばかりのグループに詰め寄っていた。


「ほっほっほ。お若いのは想像力が足りないのぉ。まぁ、まずは落ち着きなされ」


「死にてぇらしいなっ!!」


 怒りに目をつり上げた男が、爺の胸ぐらをつかんで持ち上げる。


「ちょっ!! ちょっと待ちなさい!! 何がどうなっているのよ!! まずは爺から離れて!!」


 思わず声を上げた私の声に、会場が一瞬の静寂に包まれた。


 爺が男の手を逃れて、せき込む声が聞こえてくる。

 慌てて駆け寄って爺の体を支えると、彼はいつも通りの優しい笑みを見せてくれた。


「急に呼び出して悪かったのぉ。ちぃとばかしジジイの面倒ごとに付き合ってもらえぬか?」


 乱れた衣服を整えて立ち上がった爺が、若い貴族たちに目を向ける。


 マリー、リリ、ジニが間に割って入ってくれて、私たちの周囲を10体のマッシュが守ってくれた。


「!! ……幻影じゃねぇな。本当に複数を……」


「平民魔女……」


 敵対している貴族たちから漏れ聞こえるのは、私たちを値踏みするような声ばかり。


 爺のそばにいた老人たちからも、なんだか恐ろしい者でも見るような目を私たちに向けてた。


「これは何の余興かしら? 爺がこういうところに出てくるなんて珍しいじゃない。説明してもらえる?」


「ほっほっほ。もちろんじゃ。本の虫のワシとて、国の危機ともなれば引きこもってはおれぬのじゃよ」


「国の危機……??」


 言葉の意味を理解出来ずに首をかしげたんだけど、爺は目尻にしわを浮かべてほほ笑んでくれた。


「姫様は本当に強くなられましたな」


 そう言って、爺が優しく髪をなでてくれる。


「まずはマリー殿に聞こうかのぉ。もしもじゃが、姫様が王家を追放されたらどうするおつもりじゃ?」


「……そうですね。リリさんとジニさんの協力を仰いで、反撃に出る可能性が高いと思われます」


「ほっほっほ。さすがの忠義じゃな。残る2人も同じ目をしておるのぉ」


 孫を見るような表情で、爺が笑ってくれた。


「そうなれば姫様も仲間たちと一緒に戦われますな?」


「えぇ、もちろん」


 爺に言われるまで考えもしなかったけど、この子たちが動くなら私も全力を尽くすわね。


 国軍を倒すことは出来なくても、マッシュたちに頑張ってもらえば、隣国に逃げる事くらいは出来ると思う。


 私がそんなことをぼんやりと思い描いていたら、いつの間にか爺が若い貴族たちを見つめていた。


「そうなった場合、この国はどうなると思う?」


「ふん、たった3人の反逆がどうした。そんなもん、我が国の騎士たちが――」


「その騎士じゃが、先の御前試合では敗れておったのぉ」


「それは…………」


「姫様が隣国に亡命したとしよう。我が国の滅びの始まりじゃな」


 言葉に詰まった若者相手に、爺が重ねていった。


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