第15話 隣の女性

 リリと一緒に眠った翌朝。


 ちょっとだけビックリしながら朝食に目を輝かせてくれたリリを連れて、私たちは朝からトレーニングルームに向かった。


 2日前に来たときは大勢の男たちでにぎわっていた広間も、朝が早いためか今は誰もいないみたい。


 今日は静かでいいわー、なんて思っていたのだけど、


「あら……」


 トレーニング用の機械が並ぶ部屋の中に、あの日と同じ女性の姿があった。


 向こうも私たちに驚いたのか、手を止めてぼうぜんとこちらを眺めている。


「わわっ……」


 リリが大慌てで私の背中に隠れたけど、彼女はさして気にしてないみたい。


 私たちが部屋の中に入ると、彼女は胸に手を当てて深々と頭を下げてくれた。


「邪魔をしてごめんなさいね」


「いえ……」


 短く言葉を返した彼女が、もう1度深くお辞儀をしてくれる。


 その姿はどうにも戸惑ってるみたい。


「ミリ様、こちらへ」


「えぇ……」


 1人だけでトレーニングに励む彼女の姿に後ろ髪を引かれながらも、私たちは最奥へと進んだ。


「リリ、ここに座ってくれるかしら?」


「はい!!」


 昨日と同じように3人で肩を並べて、スライムの皮の上に座る。


 この部屋備え付けの黒い水晶玉をマリーに持ってきてもらって、リリの膝の上に預けた。


「その子が今日の相棒ね。1番弱い力で魔力を流してもらえるかしら?」


「わかりました……」


 戸惑いながらもリリが真っ黒い玉を持ち上げて、魔力をそそぐ。


 すると黒かった玉が赤に変わり、緑になって青くなった。


「魔力量に応じて色が変わるのよ。まずは1段下げて緑をキープしてみてもらえるかしら? それが出来るようになったら赤ね」


「はい!」


 本当は赤色にも深い赤とか、淡い赤とか段階があるのだけど、それは追い追いかしら。


 今は一定量の魔力を流す感触を覚えることが先決ね。


「私たちも始めましょうか」


「かしこまりました」


 私とマリーは今日も魔力の増加を目指したトレーニングに没頭する。


 目指せ、マッシュ10体同じ召還!!


 最近の増加スピードに発破をかけられながら、1体を膝の上に抱きかかえて自分の魔力と向かい合った。


 頑張り続けるリリの呼吸音と、兵士の女性走る音だけが部屋の中に聞こえてくる。


 そうして2時間が経過した頃、


「邪魔だ」


「っ……!!」


 突然30人くらいの男たちが部屋の中に入ってきた。


 たぶんだけど、前は広間で訓練してた兵士たちみたい。


 その視線はまっすぐに女性兵士に向けられてた。


「…………」


「ん? なんだ、その目は?」


「……いや、申し訳ない」


 悔しそうな表情を浮かべながらも、彼女は素直にその場を譲った。


 男たちは重りを調整して、彼女よりも負荷をかけていく。


 そんな男たちの姿をチラリと流しみた彼女が、悔しそうに手を握り締めていた。


「すまない。隣を借りでも良いか?」


「え? えぇ、もちろんよ」


 そのまま私たちの隣、というよりは部屋の最奥まで歩いてきて、男たちに背を向ける。


 悔しさに震えているのか、最奥の壁を見る彼女の背中は、初めて見たときよりも小さく見えた。


「うむむむー……」


 だけど、そんな彼女の隣に座るリリは、今起きた出来事には気付いてないみたい。


 一瞬たりとも目をそらさずに、色の変わる玉と向かいあってうなっていた。


 そんなリリとは対照的に、私の気持ちは隣にいる女性のことでいっぱいね。


(彼女のことをどうにかしてあげたいけど、私じゃ専門外で役不足……)


 そう思うのだけど、心のわだかまりは消えないのよね。


 確かに彼らの方がすごいトレーニングをしているのかもしれないけど、彼女が頑張っていない訳じゃないもの。


 朝早くからトレーニングをしていた彼女が追い出されるのは納得がいかないわ!!


(けど、何かが出来るわけじゃないのよね。私が動くと逆効果だろうし……)


 マリーなら何か良い案を持っていないかしら。


 なんて思って彼女に視線を向けたけど、目を伏せて首を横に振られてしまった。


(私が貴族たちから陰口をたたかれるのと同じね。マリーもずっとこんな気持ちに耐えて来たのかしら……)


 そう思うと何だか余計に悔しくて、行き場のない感情をマッシュをギュッと抱きしめることでごまかした。


 そんな出来事から1時間ほど経過して、男たちは部屋の中から出て行くみたい。


 外から剣が交わる音が聞こえ始めたがら、きっと外で模擬戦でもしているのだろう。


「ミリアン様。邪魔をして申し訳なかった」


「いえ、良いのよ。気にしてないわ」


 そして何もなかったかのように、彼女はまたトレーニングへと戻って行く。


 悔しさを無理に押し込めているとわかる背中をぼんやりと眺めれば、彼女の体から流れる魔力がさみしげに揺れていた。

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