第37話 静かなダンジョン

 ダンジョンの中には私たちの足音だけが響いていて、ひどく静かに思えた。


 外にまで魔物があふれていたはずなのにどこを見ても赤いトカゲの姿はいなくて、誘い込まれている気すらしてくる。


「何だか不気味ですね……」


「えぇ、用心して行きましょう」


 ヒンヤリとした風が通り抜けて水滴がしたたり落ちる音がするたびに、リリがビクリと体を震わせていた。


 そんな矢先、


「ストップだ。罠がある」


 T字路を前にして、ムハンがみんなを呼び止める。


 1人だけゆっくりと前に進み出た彼が、慎重に足下の石をどけて行く。


 その下から見えてきたのは、見慣れない魔方陣。


「鉄球の罠だな。知らずに踏めば前方から鉄の玉が転がってくる。他にも凶悪なのが大量に散らばってんな」


 そこで1度言葉を切ったムハンが、立ち上がって背後を流し見た。


 つられて目を向けたんだけど、1本道だと思っていた通路の壁がパタリと開いて、中から見慣れた赤いトカゲがはいだして来るのが見える。


「え…………?」


「ひぅ……!!」



「まぁ、そうなるわな」



 1匹、2匹、3匹……。


 穴の数もみるみるうちに増えていって、その中からも続々と赤いトカゲが飛び出してくる。


「罠を解除するまでは前に出れねぇ。後ろは任せたぜ?」


 驚きで口を押さえる私たちを尻目に、ムハンが罠の魔方陣に手を伸ばしてゆっくりと目を閉じた。


 神経を研ぎ澄ませた表情を浮かべる彼の意識は罠だけにそそがれていて、背後の敵を気にした素振りはみじんもない。


 その切り替えの早さと集中力は、さすがAランクってところかしら。


「……私たちも負けていられないわ。リリは大型魔法の詠唱を始めてちょうだい。マリーは状況把握だけを考えて全体を見るの。ジニはマッシュたちと一緒に前に出てくれるかしら。無理のない範囲で良いわ」


 私の声を皮切りに全員がコクリとうなずいて、行動を始めてくれた。


 左右にいたマッシュたちも、敵の接近に備えて前に出てもらう。


 まっすぐに伸びていた帰り道はいつの間にか赤いトカゲで多い尽くされていて、何体いるのかなんて到底数えれない。


 進む先は罠のお祭りで、後ろはトカゲの運動会かしら。


「盾の子は前に出てかまえてちょうだい。敵の足を止めさせてから攻撃開始よ」


「「「キュ!」」」


 勢いよく駆けていったマッシュたちが横一列に大盾をかまえて道を封鎖する。


「来るわよ!!」


「「「キュ!!」」」


 一瞬遅れて走り込んできた赤いトカゲの先頭とぶつかり合って、金属を強く打ちつけた音が響き渡った。


 マッシュたちが力の限りで踏ん張るのだけど、勢いに押されて軸足がジリジリと後ろに下がり始める。


 そうして出来たすぎ隙間にトカゲの牙や爪が差し込まれた。


 盾を持つマッシュの腕を必死にえぐろうとしているみたい。


 何体か危ない子もいる。


――だけど、敵の足は止まったわ。


「弓の子はかまえて。3カウントで盾の子は力の限り後ろに飛ぶのよ。3、2、1、今!!」


 幅いっぱいに敷き詰められていた大盾がそれぞれの傘の中にしまわれて、彼らが道を空ける。


 後方で待機していたマッシュたちの手から矢が離れ、風切り音と共に頭上を越えて行った。


「ギュ゛ァ!」


 ズプリと鈍い音がしてトカゲが悲鳴を上げる。


 額に突き刺さり、腕に刺さり、腹をえぐる。


 狭い通路に降り注ぐ矢の雨の前に、トカゲたちの逃げ場はないのよね。


 前方にいた者から順番に矢に打たれて地面に倒れる。

 パッと見ただけでも20匹はいるみたい。


 だけど、その後ろには無傷のトカゲがいっぱいいた。


 そしてその子たちが、動かなくなった仲間を踏みつけて迫ってくる。


「参る!」


「「「キュ!!」」」


 そんな彼ら目掛けて、ジニと剣のマッシュたちが突撃して行った。


「はっ!!」


 下からすくい上げるように剣を振るい、トカゲの首を跳ね飛ばす。

 返す刀でかみつこうとしていた別のトカゲを切り捨てた。


 まるで舞でも踊るかのように、ジニがトカゲを切り捨てていく。


 周囲では剣のマッシュたちも2人1組で討伐を試みていた。


 そんな彼らの頑張りもあって、敵の数は着実に減っている。


 だけど、長蛇の列は減っていないみたい……。


「ジニっ!!!!」


「くっ!」


 どうにかしなきゃ。


 そう思っていた私の前で、ジニの腕にトカゲの爪がかすめた。


 小さな傷を負いながらも剣を握り直した彼女が、赤いトカゲを切り捨てる。


 だけど、いくら1人で奮闘しても、多勢に無勢。


 周囲にいるマッシュたちも小さな傷を負い始めていて、ヒヤリとする場面も増えて来た。


(どうにかしないと!)


 そんな思いを胸に戦いを見詰めていた私の耳に、マリーの声が飛んでくる。


「姫様、リリさんの準備が整いました」


「!! わかったわ! 全員後退! 弓の子の援護を借りて私のそばまで撤退するのよ!」


「「「キュ!」」」


 全員が息をそろえてさがる道の上で、リリの持つ魔法のつえが淡い光を放っていた。


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