第31話 あなたの目は節穴かしら?

 入り口から入ってきた男たちの姿に慌ててマッシュの方を見たんだけど、私が気付くより先に彼らは向こうの世界に帰ってくれていたみたい。


 マッシュの機転にホッとあんどの息を吐きながら男たちに目を向けたんだけど、彼らは私なんかには目もくれず、ジニのだけを見ていた。


「満足に剣も振れぬ小娘が、お遊びなら向こうでやれ」


「……」


 ジニもなんとか言い返そうとしているみたいなんだけど、彼らの視線に押されて黙り込んでしまった。


 右手をギュッと握りしめて、悔しそうに男たちを見返している。


 だけど、その姿が余計にかんに障ったみたい。


「なんだその顔は? 悔しければ模擬戦の1つでもこなして見せろ!」


「……くっ」


 激しい怒鳴りの声にさらされたジニが、顔を真っ赤に染めてうつむいてしまった。


 そんな彼女の手を引いて、私の手元にたぐり寄せる。


「満足な訓練もさせずに一方的に怒鳴りつける。女は兵士になるな、そう言いたいのかしら?」


「あ゛ぁ゛?」


 ジニをかばうように私が1歩前に出れば、怒りの籠もった視線が向けられた。


「……あぁ、誰かと思えばキノコ姫様ですか。これは兵士の問題です。邪魔をしないでいただきたい」


 しっし、と言った感じで男が手のひらを振る。


 言葉遣いこそ丁寧なものだけど、どう見ても私の事を見下していた。


「女性だから言っているのではないのです。私はただ、才能のないやつを育てるのは時間と金の無駄だと言っているだけですよ」


 無能の相手は、時間の無駄だ。


 わざわざそう言い直して、男がジニの顔をのぞき込んだ。


 対する彼女は、手を握りしめて歯を食いしばっているみたいなんだけど、言い返せるだけの言葉はないみたい。


 だけどそれは絶対に違うと思う。


「なるほどね。その理論で行くのなら、まずはあなたが訓練をやめるべきではないのかしら?」


 私がそう言葉にしたら、男の顔から表情が消えた。


「それはどういう意味でしょう?」


「あなたの目は節穴だって言っているのよ。ジニはあなたを超えるだけの素質がある。理解しているのかしら?」


 ニヤリと口元をつり上げて、優しく微笑んであげた。


 今思いついた出任せじゃなくて、訓練を横目に見ていてずっと思っていた言葉。


 驚きに目を開いた男が、その瞳に怒りを宿していく。


「……姫といえど聞き捨てならいな。切り捨てるぞ」


「あら? 殺害予告かしら? 王女の暗殺を企てると処刑されるらしいわよ?」


「……ちっ!」


 イライラしている素振りを隠そうともせずに、男が壁をたたき付けた。


 だけどさすがに剣は抜かないみたい。


「追放された後は、夜道に気をつけることだな」


 そんな言葉を残して、私の横を通り過ぎて行く。


 その瞳には殺気が混じっていたのだけど、本気かどうかなんてわからない。


 ビリビリとした空気を醸しながらトレーニングを始めようと動き出したみたいなんだけど、この男はバカなのかしら?


「まだ話は終わっていないわよ? 彼女をあなたに勝てるように育てたいのだけど、借りていっても良いかしら?」


「…………」


 信じられないものでも見るかのように、振り返った男が目を丸くした。


「まだその冗談を続けるのか?」


「冗談だと思うの? 時間は次の投票前に行われる御前試合まででいいわ。どうかしら?」


 男の眉が寄り、いら立ちに手が震えている。


 私に残された時間がそこまでしかないからなんだけど、あまりにも短すぎる時間だったからか、そこも挑発だと思ったみたい。


「御前試合でキノコ姫と一緒に殺しても良いんだな?」


「えぇ、出来るものならね? それじゃつ連れて行くわよ?」


「……好きにしろ」


 さすがは無能同士だな。と口に出して男が鼻を鳴らした。


「行きましょう」


「…………」


 無言のまま悔しさをにじませる彼女の肩を抱いて、私たちはその場を後にする。


 部屋を出て、扉の前でホッと一息入れる。

 隣にいるリリが、大粒の涙をこぼしはじめた。


 男たちの動きに注意を払ってて気付けなかったけど、相当怖かったみたいね。


(私としたことがちょっと感情的になりすぎたかしら? 彼女の意思も確認していなかったわね……)


 なんて思いながらジニの様子をうかがったんだけど、隣を歩く彼女は怒っても喜んでもいなくて、どうにも浮かない表情を浮かべてた。


「ボクをかばったせいでミリ様は、兵士を借りる事が出来なくなった。ボクなんかのために……」


 うつむきながら彼女が唇をかみしめている。瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 そんな彼女の両肩に手を回して、彼女の体を強く抱きしめる。


「さっき言った言葉は本当よ。あんな男よりもジニの方が強くなれる。見返してやりたいでしょ?」


 耳元でささやきかければ、彼女が首をコクリと縦に振ってくれた。


「何も言い返せない自分に腹が立つ。だが……」


「大丈夫よ。次の投票日までに私があなたを強くしてあげるわ。その代わり、私のマッシュも強くしてもらえるかしら?」


「……そうだったな。ボクとしたことが弱気になっていた。我が剣に精一杯の努力を誓う」


 震える手を背中に回して、ジニが私の体を包み込んでくれた。

 

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