第12話 部活見学

 こじ開けられそうな引き戸を必死に抑える。


「矢車くん。うち、見学オッケーだし、部員は絶賛募集中なんだけど」

「ごめんアサシン。こいつ、俺の知り合いなんだ。きっと冷やかしにきたんだよ」

「声、緊張してたし、あの様子だと矢車くんがこの部活にいるの、知らなそうだったよ。話だけでも聞いて上げよう」


 思い返してみると、風祭は、気になる部活の見学があると言っていた。ノック、お辞儀とも、俺がいると分かっていたとしたら、あんなに緊張していたのは、確かに変な話だ。


「分かったよ。でも、部活説明とかはアサシンがしてくれ。俺にはあいつとまともに話せる自信がない」

「知り合いなのに?」

「知り合いだからだよ。な、頼む」

「別にいいけど」


 アサシンの許可を得たところで、渋々風祭を中に招き入れる。


「ひどいですあんまりです傷つきました」

「すまん謝るこの通り。で、手芸部の見学がしたいんだって?」

「反応が雑すぎてさらに傷つきました。放課後デートの刑に処します。はい! 服なども作れるということで、興味があって。やっぱりコスプレするなら自分で服作りたいじゃないですか」


 コスプレ、服、という単語に反応してか、アサシンが俺をじっと見つめてくる。何か言おうと口を開きかけていたが、閉じてくれた。その配慮がありがたい。


「断固拒否する。一人デートでもしとけ。そうだな、服も作れる環境だ。今までの先輩たちが残していってくれた布地は豊富にあるし、部費でも買い足せる。そこにいる部長、アサシンも今ちょうど服を作ってるところだ。得意分野はゴスロリ。じゃ、俺はちょっとばかし体調悪いから帰る。部活説明はアサシンがしてくれるから。アサシン、後は頼む。お疲れ」

 アサシンに全てを託し、広げていたビーズを急いで片づけ、逃げるように部室を去る。


「後でお見舞い行きますねー!」

「来なくていい!」


 去り際、少しだけ風祭とアサシンのやりとりが聞こえた。


「アサシンさん? って外国の方なんですか?」

「ううん。矢車くんが勝手にそう呼んでるだけ。本当の名前は桐生亜佐美。よろしくね」

「は、はい、よろしくお願いいたします。わ、わたしの名前は風祭伊吹です」


 また人見知りを発揮し、キョドり、つっかえながら自己紹介している。

 アサシンは人畜無害で大人しく、そこそこ人当たりもいいし、人付き合いが苦手な風祭でも仲良くなれるだろう。

 アサシンに風祭の対応を押しつけたことを心の中で詫びつつ家路を急ぐ。

 アサシンの物言いたげな目が頭から離れない。

 厄介なことになったものだ。再会した風祭が、よりにもよって、コスプレ好きになっていたなんて。

 それについて考えるのはよそう。今日消化する深夜アニメのことで頭を一杯にさせろ。

 そう思えば思うほど、アサシンの目や、コスプレ用の服を作りたい、と目を輝かせていた風祭がよぎる。

 勘弁してくれ。本当に。



 家に帰るなり部屋に閉じこもり、カーテンをしめ部屋を暗くしてベッドに潜り込み、イヤホンをスマホに差してアニメを鑑賞。

 四話目を見終わったところで、唐突に俺の部屋に光が差した。


「ぐあああやめろおおお焼き焦げるぅ」

「ゆうくんは吸血鬼さんなのかな? まーたこんなに部屋暗くして。あ、お邪魔しまーす」

「ノックしろよ光里」

「ノックしたら逃げるかもしれないでしょ? 窓から」

「そこまでしねえよ」


 観念して身を起こし、ベッドに腰かける。

 迷わず俺のすぐ横、肩が触れそうなくらい近くに腰かけてきた光里から、距離を取る。距離を詰められる。距離を取る。机のところのイスに移動する。膝の上に乗ってこようとする。そんなループを繰り返す。一向に諦める様子を見せない光里に辟易したため、仕方なくベッドに腰かける方を選ぶ。膝に乗られるよりマシだ。


「それじゃあ聞かせてもらおうかな。あの女狐と一緒に登校したこととか校門のとこでの楽しそーな追いかけっことか廊下で手つないでたこととか」


 ああ。なるほど。こういう時に、目からハイライトが消えるっていう言葉が使われるのか。なるほどなぁ。

 ここで伝家の宝刀、お前には関係ないだろ、を使うことができなくもない。けどそれを抜くとリアル刀でメッタ刺しにされかねないので抜かない。伝家の宝刀とは一体。

 一つずつ説明していくしかない、か。


「光里、それについてなんだが」

「お邪魔しまーす! 数年ぶりにゆうちゃんのお母様にご挨拶したんですけど、全然変わってなくてビックリしましたよ! わたしのことも覚えていてくれたみたいですごく嬉しく、て」


 わあい。体感温度がどんどん下がっていくー。クーラーいらずだなあははー。

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