第14話 目標
あんなに弱々しい光里、久しぶりに見た。光里が転校してきてすぐの時みたいだ。
光里の主張することの方が正しいように思える。だって俺たちは、集団生活をしているから。人と人との関わりは何より重要で、皆、教室内での自分を『弁えて』いて。それが普通のはずなのに。
「風祭、お前、いつからそんなに強く」
思わず口に出てしまった。あまりに抽象的過ぎる俺の呟きに、風祭は首を傾げている。
「強く? 私、腕力無いですよ?」
「そういうことじゃ、いや、いい。何でもない」
「光里さん、すごい迫力でした。そんなにもゆうちゃんのこと想ってるなら教室でもなりふり構わずアピールすればいいのに。ま、まあ! 最終的にゆうちゃんと結婚するのは私なんですけど!」
「しねぇよ。好きな人いるっつってんだろ」
「気になってたんですけど、ゆうちゃんの好きな人って、どんな人なんですか? 参考までにぜひ教えてほしいです!」
先ほどまで光里が座っていた場所に躊躇なく座り、鼻息荒く迫ってくる。
押しのけつつ、教えるかどうか悩む。
自分の好きな人を明かすのは恥ずかしい。けど、見せた方が、諦めがつくかもしれない。それほどまでに、あの人は圧倒的だから。
結論が出た。
俺は自分のスマホの画像ファイル『聖典』を開く。
目に焼き付いているから、という理由と、思い出すと一定の痛みを伴うから、という理由により、長らく開いていなかったファイル。
風祭に見せるために開いたのに、どうしようもなく見入ってしまった。
俺とのツーショット写真が出てきたところでスマホから目を離し、スクロールして一枚目に戻る。
「ゆうちゃん何ですかその愛しさと切なさの入り交じった表情は。恋する乙女ですか。流石に嫉妬しちゃうんですけど」
「そりゃ、好きなんだから仕方ないだろ」
あの人に抱いているのは、好き、って感情だけじゃないんだけど。
「もったいぶらず早く見せてくださいよ」
「分かったよ。ほら。超有名コスプレイヤーのバベルさんだ」
スマホを掲げ、フリックして二、三枚見せる。
「ふぁ」
嘆息。風祭は、食い入るように写真を見つめる。
コスプレが趣味なら、尚のこと、伝わるだろう。画面越しでも十分過ぎるほどに。
まさに二・五次元。顔の元の造形関係なく変身できるのがコスプレの良いところだが、この人は、元の素材の良さを最大限に活かしつつ、キャラへ寄せている。メイクもさることながら、完全お手製のハイレベルな衣装類、仕草、表情にいたるまで洗練されている。扮するキャラに応じての体重、体型コントロールも当たり前のようにこなす。
「すごい、って言葉しか出てこないです。ゆうちゃんのお知り合いですか?」
「まあ、そうだな。よく話してた」
「言い方が過去形ですね」
「この人は、一年前、唐突に姿を消したんだ。バベルさんは徹底した秘密主義で、オフで人と会わないせいで、誰一人としてバベルさんのリアルを知らない。ネットでは消息不明だとか死亡説とか出てるけど、真実は闇の中だ」
「そう、なんですか。もう、誰もバベルさんと連絡取れないし、会えないってことですよね。なのに、ゆうちゃんはまだ、その人のこと、好き、なんですよね」
「そうだ。俺はバベルさんが生きてるって信じてる。きっと、コスプレに疲れたか、一時的に嫌になっちゃったんじゃないかな、って。また、俺たちの前に、姿を現してくれるはず」
自分でも、希望的観測だということくらい分かってる。それでも信じたい。一度だけでも、再び、話せることができれば、俺は。
「そうですよね。これだけ神懸かったコスプレしてるくらいですから、簡単にコスプレから離れられるはずないですよ。きっとまた戻ってきます。というか私も生で見たいです!」
自らの恋敵のはずなのに、風祭はバベルさんのファンになってしまったようだ。一年前から更新が止まっている、バベルさんのSNSのアカウントを自分で検索して、アップされている画像を眺めている。
あ、と小さく驚く声が風祭から漏れる。
バベルさんが最後にアップしたコスプレ画像だ。
「ほ、本物の、マリヤちゃんです」
魔法少女マリヤのコスプレ。常に最新人気キャラのコスプレをし続けていたバベルさんが、なぜか一〇年以上前のキャラを選んだということで、当時話題になった。
「っ! 今までのバベルさんのコスプレの中で最もクオリティ高いって言われてたやつだな」
俺が最後にバベルさんと会った日にしていたコスプレ。逆流しそうになる記憶を何とか押しとどめる。
「ゆうちゃんと再会した時、冷めた反応だった理由が分かりました。このレベルまで持っていけば二次元と三次元の境目を曖昧にさせ、ゆうちゃんを幻惑させることができる、と。目標ができました!」
バベルさんレベルまでいくと、確かに幻惑されそう。数秒くらい。
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