第15話 燃えカス

「バベルさんが目標か。でっかくでたもんだな。道のりは険しいぞ」

「小さな目標じゃつまらないじゃないですか。もちろん、小さな目標を設定して、達成し続けるってやり方もあるでしょうけど、私はそれじゃ満足できませんね!」

「口だけならいくらでも言える。まあせいぜい頑張れや」

「ということでゆうちゃん、私に衣装作り、教えてください!」

「は?」


 希望に満ちあふれた瞳で俺を見るな。頑張れって言った手前、断りにくいだ

ろうが。


「亜佐美さんに聞いたんです! ゆうちゃん、衣装作りがとっても上手だって。文化祭の出し物の衣装とか、演劇部の衣装とか、全部ゆうちゃん管轄って聞いてすっごく驚きました!」

「近い。離れろ。ったくアサシンのやつ、余計なことを」


 大事な部分は伏せてくれたにしろ、俺の不都合は変わらない。

 まあ、遅かれ早かれバレていたんだけど。文化祭、演劇部。去年、衣装作成や作成指導を引き受けてしまい、来年も任せろ! なんて豪語しちゃったし。


「私、もう入部届け出してきました! これでゆうちゃんと同じ手芸部員です! ぜひ私に衣装作りの技術の伝授を!」

「やだ」

「即答ですか!?」

「俺、もう自分じゃ服は作らない。作れない」

「なんでですか? 衣装作るの好きなんですよね?」

「好き『だった』んだ」

「衣装作り、嫌いになっちゃったんですか?」


 寂しそうに言葉尻がすぼんでいく。

 なんでお前がそんな悲しそうな顔するんだよ。

 嫌いになったかどうか、か。


「嫌いには、なってないけど」

「そう、なんですか。作れない、っていうのは」

「そのままの意味。これについては触れないでいてくれると助かる」

「分かりました」


 俺の表情から、はっきりとした拒絶の色を感じ取ったのか、風祭はシュンと肩を落としながら数センチ離れた。それでも距離的には近いけど。


「そういうことだから、多分、力になれないぞ」

「ゆうちゃん、作らない、作れない、って言いましたよね。なら、教えるのはどうですか? 亜佐美さんにこっそり見せてもらったゆうちゃんの衣装。とても手作りだとは思えなかったです。素人目に見てもプロ顔負けというか、低価格帯の市販品を凌駕していたというか。これ以上の師はいません」


 そこで一旦言葉を切ると、風祭はベッドの端まで移動し、正座、からの礼。土下座みたいな懇願ポーズ。


「私、ゆうちゃんと離ればなれになってからも、引っ込み思案な性格は直りませんでした。そんな自分を変えたくても、身動きができなくて。でも半年前、ふとSNSで見かけたんです。コスプレイヤーの『ツインターボ』さんを。男性キャラも女性キャラもまるでアニメから飛び出してきたように、格好良くて、可愛くて。ゆうちゃんは知ってます?」

「……! ぐ、……あぁ……っ」


 心臓止まるかと思った。なんでバベルさん知らないのに、よりにもよってソイツ知ってるんだよ。

 まあ今思えば確かに知名度はあったのかもしれない。芸能界にまで進出している層を除けば。バベルさんが台頭してくるまでは。


「ゆうちゃん?」

「ああ知ってるよもちろんそこそこ有名だもんな、うん。知ってる知ってる」


 冷や汗が止まらない。何度も服の袖で拭う。風祭が顔を上げてなくて良かった。


「そりゃあ知ってますよね。あ、確かこの方もバベルさんと同じく一年前にコスプレやめてしまわれたんですよね……。ともかく、私、ツインターボさんを見て感動したんです。ここまで違う、別人になれることができるんだって。性別さえ超えてしまえるんだなって。すごいんですよ。未だスレでツインターボさんの本来の性別はどっちか議論されてるんですよ? 本当に、魔法みたいだなぁって。感動したんです。それからコスプレに手を出すまで、さほど時間はかかりませんでした」

 

 もうソイツの話はやめてくれ。むずがゆくなる。嫌なことも思い出す。風祭の話に集中しなければ。


「それで、コスプレに目覚めた、と」

「はい! はじめてコスプレ用のメイクして、ネット通販で頼んだ衣装を着て鏡を見た瞬間。本当に、本当に、世界が違って見えたんです。本当ですよ! 目の前が明るくなって、何でもできる気がして! その格好のまま家を飛び出して、直前まで行こうか迷ってたコスプレイベント会場に行きましたね。今思うと頭どうかしていたんじゃないかと。ご近所さんに見られたら大変ですよね」


 何を言っているんだろう。数日前、人んちの玄関前でがっつりコスプレしながら意味不明な戯れ言をまき散らしていたのは誰か問いたい。問いたいけど。


 いつのまにか下げていた頭を上げ、拳を天に突き上げながら、純粋さをふんだんに散りばめた輝く瞳で熱弁されれば、口なんて挟めるはずもない。

 身体の芯にあったモノの燃えカスが、チリチリと、僅かな火花をちらす。

 分かる。風祭に、心の底から共感できる。俺の方が、もっとその喜びを知っていると、叩きつけてやりたいくらいに、知り尽くしている。なりきれることの、変われることの喜びを。世界で一番、知っていると叫びたい。


「分かった。分かったよ。教えてやる。メイクの仕方から衣装作りまで。風祭が頭に思い描いている理想を形にできるまで、付き合ってやる」

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