第34話 ふわりと香る存在感

「はぁ。こんなに可愛いベルちゃんの隣を、マリヤコスで歩けるなんて、もう感無量ですよ。隣にいるのが私なんかでいいのでしょうか……」


 コスプレ会場へ戻る道すがら。

 さっきまで喜んでいたのも束の間、なぜか落ち込む風祭。


「コスプレが好きなら、キャラへの愛があるなら、上達スピードは人それぞれだけど、自然に上手くなっていく。俺とお前じゃ年季が違うんだから差がついて当たり前だ。現時点で風祭が表現できる全力のマリヤが、今のお前だろ。誇れ。大丈夫。俺と一緒にいなくたってお前は注目されてた。俺が保証する。どこからどう見ても、か、可愛くて素敵なマリヤだ、うん」

「っ!」


 感極まって抱きついてこようとした風祭から身をそらす。こいつの挙動など見慣れすぎて容易に予想できるわい!


「なんで避けるんですかぁ!」

「ベルだっていつもマリヤの抱きつき攻撃よけてただろうが。原作再現だよ」

「嘘です絶対普段のゆうちゃんですっ」


 風祭、調子取り戻してきたな。こいつにネガティブは似合わない。

 さて、コスプレに会場に戻ってきたし、そろそろアレやるか。

 トランクを開け、それを取り出す。

 フラフープのような、人一人が入れる輪っかに布がついたもの。早着替え等で使われるあれだ。

 バベルさん出現に備え、ソワソワしはじめているカメラマンたちの注目を一気に引く。


「風祭。ツインターボって、ネットで話題になってそのまま定着したコスネームなんだが、由来、知ってるか」

「もちろん知ってますよ。素の性別がどちらか分からない、悟らせないほど、男性キャラも女性キャラも演じ分けることからですよね」

「それは俺がそこそこ有名になってから言われるようになったやつだな。実は初期の方、迷惑行為ギリギリ、運営さんに見つかったら即アウトな芸をしてたことがあるんだ。はい、これ。使い方、何となく分かるだろ。俺が着替え終わるまでの間、これ、持っててくれ」

「まさか、ここで着替える気ですか!?」


 戸惑いつつも、言われた通り、俺の姿を隠してくれる風祭。身長差のせいで背伸びさせてしまっているのが申し訳ない。

 持ってきたトランク。その中にはメイク道具と、男性用キャラクターの衣装が入っている。


 俺の特技。それは、五分以内に全くの別キャラに化けることができること。

 鏡を見ずとも、感覚でメイクの具合が分かる。

 開始一分後くらいから、ヒソヒソ声が聞こえてくる。「おい、ツインターボの伝統芸能が見れるぞ!」「なにそれ」「お前知らないのかよ。まるで魔法みたいに超短時間で別キャラになるんだよ! さっきはベルちゃんだから、今度は作中唯一の男性キャラの、えー、何だっけ」

 体感四分半くらい。完成だ。何年ぶりかにやるから上手くできるか不安だったけど、身体を覚えていてくれた。

 風祭に合図を出す。俺を隠していた布が、地面に落ちた。


「フハハハハ! ブラックローズ見参!」 


 もう一つの特技。声帯模写、まではいかずとも、声優さんにかなり寄せた声を出せる。


「うおおおお! 初期の黒薔薇だ! 懐かしい!」

「マジで五分以内じゃんすごっ!」

「ブラックローズさまぁ!」


 まだまだ根強い人気があるな、ブラックローズ、別名黒薔薇は。

 魔法少女マリヤに出てくる唯一の男性イケメンキャラ。敵組織の幹部のはずなのにマリヤを手助けするムーヴが見られ、当時はネットで話題の中心になっていた。実はマリヤの生き別れの兄で、物語終盤では正体がバレて、なぜかベルとラブコメし出すというアレな展開になるのだが、それがさらに人気を加速させた。余談。


「ふおおおお! ブラックローズさまぁ! 素敵です!」

「お前は何カメラマン目線になってるんだ。さあ、兄妹背中合わせポーズするぞ」

「はい!」


 パシャリパシャリと、カメラのシャッター音が耳に心地良い。隣にいるマリヤもとい風祭も、心底楽しそうだ。


 一年ぶりのコスプレで、舞い上がってしまったせいで、せっかく心の準備をしてきたはずなのに、緩んでしまっていた。

 視界の端に、その姿を捉えた。

 群衆の中にいても、なぜかすぐに見つけられてしまう、圧倒的オーラ。纏った神秘的な空気。

 ふわっと、存在感が香る。足音さえ聞こえてきそうなほどに。

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