第33話 救い救われ
「ほら、あのポーズやるぞ。二期一二話、仲直りした二人が協力してマジーンを倒した後の」
「あばばば。女の子にしか見えないご尊顔がこんなに近くにににに」
「いい加減落ち着け」
「ゆうちゃ、ツインターボさんには分かるんですか!? 憧れてた人が実は身近な人間だったなんてシチュエーション、一生に一回だって起こるかどうかのイベントなんですよ!?」
「お、調子戻ってきたな。その調子その調子。人がかなり増えてきたから広いところ移動するぞ」
SNSで俺がいるのが拡散されたのか、入り口付近のこの場所に続々と人が集まってきている。このままじゃ運営さんに注意されてしまう。
使い物にならない風祭の手を、仕方なく、まっこと遺憾だが、引っ張って移動する。
「ゆうちゃん」
「黙って歩け。こうやって歩いてるのもある意味原作再現だろ」
元気だがドジなところがあるマリヤとは対照的に、大人っぽくて落ち着きがあり、クールなベルは、作中でもよくこうやってマリヤの手を引いていた。
てぇてぇ、てぇてぇと、周囲から鳴き声が聞こえてくる。狙い通り。
会場の中心付近に着いた頃には、風祭はすっかり落ち着いていた。
「もう大丈夫そうだな。さあ、撮られる準備はいいか?」
「まだ全然大丈夫じゃないですよ。幾分かマシになったってだけで。後でじっくり話、聞かせてもらいますから。あと撮らせてもらいますから。どこからどう見てもベルちゃんなゆうちゃんと話してるだけで頭おかしくなりそうなんですから色んな意味でっ」
と、話の内容こそ乱れてはいるが、見た目は平常。撮影、何とかいけそうだな。
「後でいくらでも時間とるから。さ、切り替えよう。今のお前はマリヤだ。強くて可愛く、誰よりも優しくて元気なマリヤだ。ベルの隣にいる時、マリヤはどんな顔してた? ……そうだ。よし、いくぞ」
俺もポーズに集中。
今の俺は、ベル・ブレッシング。アタシは、ベル・ブレッシング。
マリヤのことがいつも気になっていて、放っておけなくて、マリヤの先輩だから、マリヤより強くなくちゃいけなくて。
マリヤに弱みを見せないよう、動揺を見せないよう、常にクールに振る舞って。
二期一二話。仲直りして、一緒に戦って強敵を倒して。
倒した後、不意にマリヤが腕を組んできて。
嬉しくて、でもその気持ちを表に出したくなくて。
抑えきれない気持ちが、ほんの少しだけ漏れ出てしまった、そんな笑顔をーーーー。
「バベルさん、一二時過ぎに来るらしいぞ!」
「昼飯食べてる時間ねえな」
周囲の人間が、入り口付近へ流れていく。
結構長い時間撮影してたし、そろそろ小休憩でもしよう。
カメラマンたちに断りを入れ撮影を終わってもらい、風祭と一緒に軽食をとりにいく。夏マケ会場内はコスプレしながらの買い物や飲食が可能なので、マリヤ&ベルコンビのまま練り歩く。
視線が集まる集まる。久しぶりのこの感覚、正直、心地良い。
一年前から、コスプレのことを考える度に憂鬱になっていたのに。
隣を見やると、ニコニコ幸せそうに笑いながら歩き、時々手なんか振っちゃってる風祭が目に入る。
こいつに付き合っているうちに、俺の中で凝り固まっていたものが、やわらいでいったのかもしれない、な。
「ゆうちゃん、私、今、幸せです。最高の気分です。これまでの人生で一番幸せな時間と言っても過言ではありません!」
スキップして俺の少し前へ行き、立ち止まって俺を待ち、並んだらまたスキップで数歩先を行く。
「大げさなやつだ」
「大げさなんかじゃありませんよ! ようやくツインターボさんの正体がゆうちゃんだという事実を受け入れられたんですけど、その途端、嬉しさがうなぎのぼりで困ってるんです! だって、好きな人が、私をコスプレの世界へ誘った、憧れの人だったんですよ!? どれだけゆうちゃんは私の人生を救えば気が済むんですか!?」
「いや、知らん。俺、別に風祭の人生救うとか考えたことないし。俺視点ではお前が勝手に救われてるようにしか見えん」
「もっと自覚してください! すごい人はですね、無差別に救いを振りまくんですよきっと! 私だけじゃなく、ツインターボさんに救われた人、もっといるはずです」
風祭に言われて、思い出した。直接、あるいはSNSで、感謝の言葉をいくつももらっていたことを。
「それ言ったら、バベルさんの方がもっと多くの人間救ってるだろ」
「それはそうなんですけどー」
俺もバベルさんに救われた一人だ。そしてきっと、バベルさんが突き落とした、唯一の人間だろうとも、思ってる。
今日、会えるんだ、バベルさんに。
会いたい、確かめたい気持ちと、恐怖におののく気持ちが、ちょうど半々くらい。
一年前のあの発言は、何かの間違いだったと判明するのか。
あるいは、もう一度、コスプレを辞めるようさとされるのか。
複雑な想いを抱えながら、プロポーションに影響が出ないよう、本当の意味での軽食をとる俺だった。
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