第32話 会場入り
がむしゃらなとき、夢中になっっているとき、時間は凄まじい速さですぐ傍を駆け抜けていく。
ついこの間夏休みに入ったと思ったら、もう夏マケ当日になってしまった。
「眠いですぅ」
さっきから大あくびを何発もかましている。目元を確認するとクマはできていなかった。睡眠時間は確保できたようだ。メイクで隠せるとはいえ、無いにこしたことはない、特に今日みたいな重要な日は、ベストコンディションで臨まないと。
「始発勢に紛れ込むんだ。電車乗る前までに目ぇ覚ましとけ」
「ゆうちゃんがちゅーしてくれたら一発で覚めるんですけど」
「コンビニで軽く朝飯買ってくか。こんな早い時間に開いてるのは助かるよなー」
「安定のスルーありがとうございます」
感謝されるいわれはねえよ。
軽食をとったら風祭も元気になってきた。ご飯大事。
電車を乗り継いで会場へ向かう。割と早い段階で電車の中は満員になった。
一年に二回のオタクの祭典。乗客の九割以上は同じ目的地を目指しているに違いない。
「おい風祭。必要以上に密着してくんな」
「バレてましたか」
満員電車とはいえ、人と人との間に僅かな隙間はできている。なのに風祭は思いっきり俺に身体を押しつけ、抱きつくような体勢をとっていた。
風祭が胸部に所有する柔らかさの暴力がフルパワーで襲ってくる非常に危険な体勢だ。意識が飛びそうになるのをこらえるのにどれだけ苦労しているか、風祭は知る由もないだろうてか普通こういう場合、男女逆じゃないか。満員電車で不可抗力で密着してしまい、男性側が怒られる、みたいな。
「早くゆうちゃんのコスプレが見てみたいです。もう楽しみすぎて楽しみすgて、思わず新しいカメラをポチッちゃいましたよ」
「気合い入りすぎだろ」
「そりゃあそうですよ! ゆうちゃんったら、自分がどんなコスプレするか一切教えてくれないんですもん! 焦らしプレイは得意じゃないですよ私! 妄想が捗っていい迷惑なんですよこっちは!」
「何を言っているんだお前は……」
俺がツインターボであるということギリギリまで隠しておきたかったから、風祭に衣装を見られないようにわざわざ仕切りまで使って作業していたのだ。
「にしてもゆうちゃんの荷物、多いですね。私の二倍以上あります」
「ん、そうだな」
正体明かすのは更衣室出て合流した後でいいか。その時に、俺がツインター
ボと言われる所以の、あの芸の説明すればいい。
同士たちとともに長蛇の列にならび、受付をし、更衣室へ。
もしかして今、風祭とバベルさんは一緒の部屋で着替えていたりするのだろうか。
バベルさんが何時頃現れるかは分からない。常に気を張っていないと。
フードを目深に被って更衣室の端っこで着替え&メイク。ツインターボの素顔も公開されていないから、誰にも悟られないよう作業を終え。
トランクを引きながら、更衣室を後にする。
コスプレエリアへ移動した途端、周囲がざわめき出した。
「おい、あれ、ツインターボじゃね?」
「SNSでベルのコスプレするっつってたし、あの完成度、顔、ほぼ確定でしょ」
「可愛い。めっちゃ美少女。未だ元の性別どっちか論争起きてるんだろ?」
「男子更衣室から出てくるところ何度も目撃されてるけどな」
「認めない! あんな可愛い子、女の子じゃないわけない!」
「逆だろ。こんな可愛い子が女の子のはずがない」
ベルというのは、魔法少女マリヤに登場するもう一人の魔法少女。背が高めという設定と、俺自身、男子としては背が低めな方なので、身長に関しては何とかごまかせている。
ツインターボだと確信した人たちが、一斉に寄ってくる。そんな中、一番に飛び出してきたのは。
「ツインターボさん! 私、あなたに憧れてコスプレはじめたんです! よろしければ、サインをいただけないでしょうか!?」
風祭だ。
衣装、メイクとも、間違いなく今までで最高レベル。素直に可愛いと、賞賛を送ることができる。
風祭にだけ聞こえる声で話す。
「俺が鍛えただけあるな。なんて。お前の努力の賜物だ。素晴らしい出来だ。バベルさんに負けずとも劣らない。マリヤそのものだ。今のお前は最高に可愛い」
「えっ!? その声、もしかしてゆう」
「しーっ! 今は黙って俺の隣にいろ。俺の知名度を利用してお前の認知度を高める。魔法少女マリヤに登場するキャラ二人組だから違和感はないはずだ。てかお前に会わせてベルのコスにしたんだから感謝しろよ」
「は、はひっ」
風祭は目を回して今にも倒れそうだ。
ったく世話が焼けるやつだ。
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