第29話 反芻

「何か見つけました?」


 風祭が俺のスマホ画面をのぞき込む。


「えっ!? バベルさんが夏マケ参戦!? 一年間の沈黙、ついに破かれる、ですか。ゆうちゃん的には嬉しいニュースでは、って、ゆうちゃん!?」


 そうだ。嬉しいはずなんだ。俺はまだ、バベルさんが好きなはずなんだ。

 それなのに、なんで。

 本物のバベルさんだ。参戦表明メッセージに添付された画像を見て確信した。何千回と見てきたんだ間違いない。

 その画像を見た瞬間、俺が、コスプレを辞めるきっかけになった、バベルさんの言葉を思い出してしまった。

 心の奥底にしまいこみ、厳重に鍵をかけた記憶。それが解き放たれ、当時の心境が蘇る。


 完膚無きまでに否定された、あの記憶が。

 気づけば呼吸することを忘れていた。

 意識が飛んでいたような気がする。

 後ろで俺の背中を必死にさすりながら泣いている風祭の声が聞こえる。


「はぁ、はぁ、ぜぇ、風祭、もう、大丈夫そうだ」

「ゆうちゃあん、わたし、ゆうちゃんが死んじゃうじゃないかとぉ」

「俺、どれくらい意識飛んでた?」

「呼吸荒くなってから、大人しくなってぇ、五秒くらいですぅ!」


 思ったほど長くなくて良かった。多分、過呼吸を起こしたんだろうな。

 まだ背中をさすり続けている風祭を対面に座らせ、俺はもう大丈夫だとアピールしながら落ち着かせる。

 風祭が焦っていたおかげか、俺自身はパニックに陥らずに済んだ。


「ゆうちゃん、どうしたんですか? バベルさんのメッセージ読んだら、いきなり、あんなことに」


 顔面蒼白な風祭が、震え声でそう問うてくる。

 頑なに、話すことを避けてきた。

 でも、決定的な場面を見られてしまった。心配させてしまった。怖い想いをさせてしまった。なら、話さなければなるまい。

 何度も深呼吸する。その動作を見て何かを察したのか、風祭が慌てだした。


「あ! 無理に話す必要はまっっっったくありませんから! またさっきみたいになったらわたし、救急車呼びますので!」

「話すよ。もうさっきみたいなことにはならないから大丈夫。もう、飲み込んだ」


 一度過呼吸気味になったからか、冷静に自分の心を分析することができている。

 元より、きっと俺は、あの出来事を誰かに話したがっていたんだ。洗いざらいぶちまけて、すっきりしたがっていた。我慢していた。あまりに情けない話だから。 

 でも、風祭には、話してもいいような気がした。


「キツくなったらすぐ言ってくださいね。約束ですよ」

「ああ、分かった。約束する。無理はしない」

「なら、聞かせていただきます。誠心誠意。一言一句残さず」


 相当深刻な話だと思いこんでいるのか、ガチガチに緊張していた。


「そんなに大した話じゃないって。そうだな、どこから話そう」


 まずは、ずっと隠してた、アレかな。


「実は俺、コスプレイヤー好きで、それでコスプレに詳しいって言ったけど、それは嘘なんだ。いや、好きなことには変わりないけど、詳しくなったのは、俺自身がコスプレイヤーだったから」

「実は、そうなんじゃないかなー、って、何度も思ってました。衣装作り、メイク術、その他多くのコスプレ知識が半端じゃなく、それも、生きた知識っていうか、すごく実践的で」

「そうだよな。逆の立場だったら俺もそう思う」


 反芻する、かつてコスプレイヤーだった自分を。

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