第28話 風祭デート

 三〇分後。風祭は時間ちょうどに現れた。


「す、すみません、準備に手間取っちゃって」

「遅刻した訳じゃあるまいし謝らなくていいぞ」


 肩で息をしている風祭は、何度も深呼吸して火照った身体を落ち着かせていた。

 風祭は光里とは対照的に、ガーリーな装い。

 トップスは紺色のチュニック。胸元や袖口に白い布地でフリルがあしらわれている。脚は猫柄の黒いニーソックスで覆われていて、やけに目を引く。

 肩に掛けているバッグも小さく、白地に金の金具が使われていて、全体的に、女子、って感じが押し出されていて無駄に意識させられる。無駄に。


「お友達とのご飯、楽しかったですか」

「ま、まあな」

「それは良かった」


 無邪気な笑顔に心が痛む。デートがダブルブッキングしたことは誰にも話さず墓まで持っていこう。


「上映までの時間、そんなにないよな。もう映画館入るか?」

「はい! ポップコーン買いましょうポップコーン!」


 テンション高いなぁ。風祭、今日見る映画に出てくる、見た目が推しの子がいるってはしゃいでたもんな。大スクリーンで見るのが楽しみなんだろう。

 ポップコーン購入。俺は塩味、風祭はキャラメルを選択。


「もう。カップル用のやつ注文すればお得だったのに」

「その代わりお前と密着しながら食べるはめになるだろうが」

「それがいいんじゃないですかぁ」

「お前にとってはな」


 スマホの電源を落とし、あらかじめ予約しておいた一等席へ。

 迷惑な客もいなくて、集中して映画を見ることができた。

 パンフレットを購入した風祭を伴ってカフェへ移動。

 音楽や映像のレベルは高いが、脚本家が新人ということで、ストーリーの方はぶっちゃけ期待していなかったのだが。


「こ、言葉が出てきません」

「誰があの展開を予想できたか」


 二人して放心状態である。そりゃそうだ。事前情報とは一切違った展開だったのだから。

 心温まるほんわかファンタジー、だと誰もが思いこんでいただろう。中盤までは。

 後半。今までファンタジー世界だと思ってた世界が、実は滅亡後の地球だったと発覚。キャラクターたちに前世、滅亡直前の地球で生きていた頃の記憶が蘇り……というバリバリSF設定をぶち込んできて。 

 二人で機械のように一定のペースでコーヒーをちびちびび飲み、一〇分ほどボーッとした後、どちらともなく感想を口にする。


「前世の記憶が戻ってから、キャラたちの印象が一八〇度変わりましたよね」

「関係性もな。メインヒロインだと思ってた子が前世で妹で、サブヒロイン枠だと思ってた子が前世の恋人で。あの異様な仲の良さ、嗜好の被りが伏線だったんだ」 


 一度話し始めたらもう止まらない。それからは夢中で話し合った。ストーリーライン、設定、キャラデザ、BGM、使用楽曲の歌詞の解釈等々。

 思わぬ傑作に出会い、感動し、その感動を共有できる他人がいる。こんなに楽しいことがあるだろうか。

 一時間ほど経った頃、ようやく物語から抜け出すことができた。


「正直まだまだ語れますが、流石に疲れました」

「俺も。ぶっちゃけ二回目見に行きたい。前半部分の伏線全部拾いたい」

「分かります。また来週あたりに来ましょう」

「だな」


 流れるように次回のデートが決まってしまった。そんなことが気にならないくらいに、面白い映画だった。


「はー。満足です。円盤買うことを決めましたね、私は」

「無論、俺もだ。予約特典の設定資料集が欲しすぎる」

「私はサントラ狙いですね。あのBGMに包まれながら作業すればどれだけ捗ることか」

「たまらんな」


 これじゃあ埒があかない。楽しいんだけども、このままじゃ一日が潰れてしまう。


「ところで、課題の方はどうだ?」

「ゆうちゃんの言いつけ通り、やってきました!」


 俺が出した課題は、リフトアップ、テーピングにより顔の輪郭をアニメキャラに近づける方法と、コンシーラーの使い方。

 衣装作りと並行してのメイク技術磨き。


「風祭は本当に飲み込みが早いな。そこまで指摘事項がない」

「褒められました!」

「このペースで一ヶ月後まで走り抜けば大人気コスプレイヤーの仲間入りも夢じゃないぞ」

「燃えてきました!」

「俺も実は楽しみで仕方ない」


 一ヶ月後の一大イベントに想いを馳せる。

『好き』に一直線な風祭と接していると、俺も、克服できるような気がする。そんな予感がある。

 コスプレへの、複雑な想いを。

 風祭と、有名なコスプレイヤーさんをSNSで検索して眺める、という遊びをしていたところ、注目度が高まっているメッセージが目についた。


「は?」


 思わず漏れた声。

 バベルさんのアカウントだった。

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