第38話 幼なじみ

「光里さんが我慢してきたとか、そんなの知りません! 私はゆうちゃんのことが好きで、それ以外いらなくて、ゆうちゃんにも私の好きなものを好きになってもらいたかっただけです!」

「そ、そんなの! わたしだって、同じ、だった、はずなんだけどなぁ」


 最初は風祭に噛みついていた光里だったが、今は力なくうなだれている。

 尚も何か言おうと口を開きかけていた風祭に首を振り、もう何も言わなくていいと伝える。 

 正直、まだ気持ちの整理はそこまでついていない。そんなすぐに整理できるほど、バベルさんとも光里とも浅い関わりを持っていない。

 でも、現時点で伝えられることは、ある。


「光里」

「聞きたくない。もう帰る。いいよ、もう、わたしのことは。どうせ、お前の顔なんて二度と見たくないとか言うんでしょ分かってる」

「光里」


 耳を塞いだ彼女に近づき、膝を突いて視線を合わせる。


「やめてもう傷つきたくないほっといて」

「光里」


 耳を塞いでいた手を握り、離してやる。顎を引いて、強引に目線を合わせる。


「最終的に今回のことは水に流すから、俺の話を聞いてくれ」

「どういうこと?」

「ともかく聞いてくれ。まずはじめに。……ふざけんなっ! 光里の都合で、俺の大切なものをめちゃくちゃにするな! 一年前に言われた言葉が、今も脳裏に焼き付いてるんだぞ!」

「ゆうくんが調子乗ってるとか、煙たがってるとか言われてるっていうのは、嘘でっ」

「ヒドい嘘、つきやがって。あれから疑心暗鬼になって、新しく友達作るのに抵抗があったんだぞ。わざわざ俺の憧れの人になって、俺が憧れてるのを利用して、傷つけて、普通そんなことされたら、許せねえよ」

「そう、だよね」


 光里はもう涙を拭うことすらせず、腕を力なくだらんと放り出しながら、すすり泣いている。

 メイクが落ちて、ひどい有様だ。

 ハンカチで、目元を拭ってやる。


「でも許す」

「うぇ、ふぐ、え? な、なんで? え?」


 驚きすぎて涙が引っ込んだようだ。この隙にちゃんと拭き取ってやろう。


「なんでもクソもあるか。俺と光里は幼なじみだろ。これまでの積み重ねがあるんだよ積み重ねが。嫌ってやれるほど、俺たちの関係は浅くない。だろ?」

「積み、重ね」

「そうだ。何回も美味い飯食わせてもらった。宿題教えてもらった。相談をしたり受けたり、何気なく出かけたり、学校でも皆に気づかれないように助け合ったり。数え切れないほど雑談して、笑った。それに、バベルさんの時のお前にも、沢山のモノをもらった。一年前のあの日より以前は、会場で俺とだけ話してくれたよな。バベルさんがいてくれたおかげで、コスプレの上達スピードが上がった。俺の目標になってくれて、ありがとう。より充実した活動を送れた。俺の生き甲斐の中には、コスプレと、バベルさんがいた。とかまあ、色々言ってきたけど」


 手を引いて、立ち上がらせる。光里は気の抜けたような顔をしながら、俺に引かれるままに腰を浮かせた。


「友達と言うには安すぎる。親友はしっくりこない。幼なじみ、が一番いいかな。幼い頃から続いてる関係。相性が良くなきゃ、お互い想いやらなきゃ続かない。そんな、得難い存在を、簡単に切り捨てるわけないだろ。だから、許す! これからも、よろしくな」


 俺の方から、握手を求める。光里は何度も視線を、俺の顔と、差し出された手とを行き来させながら、おずおずと、ためらいながら、何度も引っ込めながら、それでも最後には、俺の手を握った。


「ごめんなさい。ごめんな、さい。ありがとう。これからもよろしくお願いしまっ、ふぇええええん! わああああ! ごめんなさい、ありがとう、ごめんなさい、好き、やっぱり好き、大好き! うええええっ! うううう!」


 光里は何度も何度も、謝罪と感謝、好意を示す言葉を吐きながら、泣きじゃくったのだった。

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