第37話 真実
バベルさんが、何事か呟く。もう振り向かない。
「待ってよ! なんで、こうなるの! なんでなんでなんで!」
俺と風祭は、即座に振り向いた。
バベルさんの大声に驚いた訳じゃない。
その声に、聞き覚えがあったからだ。
おそらく普段のハスキーな声は、俺が声でも演技するのと同じように、作ったものだったんだ。
信じられない。でも、信じざるを得ない。だって、その声は、俺が幾度と無く耳にしてきた、あまりにも馴染みある声だったから。
「ひか、り?」
その声は、いつも俺の隣から聞こえてきた、光里の声そのものだった。
「そうだよ! もう隠しても意味ない! わたしがやってきたこと、全部、無意味になっちゃった。全部……」
バベルさん、改め光里は、その場でへたりこんでしまった。
本人は認めたし、声は光里そのものだし、バベルさん=光里だというのは事実なのだろう。
頭が、理解が追いつかない。青天の霹靂。受けた衝撃が大きすぎて、思考がままならない。
バベルさんが、光里。俺の憧れで、好きだった人で、トラウマの原因でもある人。それが、光里だって? 悪い冗談としか思えない。
光里がバベルさんになりすましている、という線も薄い。目の前にいるマリヤは、今まで何度も目にしてきたバベルさんのコスプレそのものだ。
色んな疑問や感情が湧き上がり、奔流となって頭を駆け巡る。
かろうじて絞り出せたのは。
「なんで、こんなことをしたんだ」
「なんでだと思う?」
「ごめん。俺、光里のことならある程度理解できるつもりだったんだけど、今回のこれは、全く分からない」
「分からないだろうね。わたしの、ゆうくんに対する想いが、どれだけ大きかったかなんて」
光里の目を虚ろで、俺の方ではなく虚空を見つめている。
俺に対する想い。俺がずっと、バベルさんに対する好意を盾に目を逸らしてきたものだ。
「そうか、俺はずっと、光里に恋してたことになるのか」
「違うよ。こんなの、わたしじゃない。ゆうくんには、バベルじゃない時のわたしを好きになってもらいたかった。『バベル』は、ゆうくんからコスプレを切り離すために作り上げた存在だから」
「コスプレと俺を切り離す?」
どうやら光里の中では、バベルさん=光里という図式は成り立たないらしい。
「そう。わたしさ、いじめが原因で引っ越してきてさ。何もかもが嫌になってた時、ゆうくんに出会って。世界が変わった。わたしにとってゆうくんは英雄で、わたしを形作る全てだった。ゆうくんと一緒にいられるだけで幸せだった。なのに、コスプレが、ゆうくんの時間の大部分を奪っていった。わたしの知らないコスプレ関係の友人も沢山できて。ゆうくん、わたし、怖かったんだよ。すごく怖かった。今までの人生で一番、怖かった。ゆうくんが、わたしを置いて、どこかに行っちゃうんじゃないかって」
確かに、コスプレにハマりたての頃は、そっちに夢中になっていた。光里との時間も減っていた。でも全く無くなっていたわけじゃない。そうか、そんなにも光里は、俺を支えにしていたのか。
「だからだよゆうくん。だからわたしは、こんなことをした。ゆうくんにコスプレから離れてもらうために。コスプレなんて二度としたくなくなるように。あーあ、話しちゃった。バレちゃった。もう終わりだあはは、は」
光里は笑いながら、泣いていた。
光里の秘めた想い、それに付随した行動。俺がされたこと。
俺は……。
「さっきから聞いてれば、何ですか、それ」
風祭が拳を震わせながら、一歩前に出た。
「境遇については触れません。光里さんがゆうちゃんにしたことは、ヒドいと思います。すごく、自己中な行動です。ゆうちゃん、あなたの復活の報せを目にした時、あなたに言われたことがフラッシュバックして過呼吸になりかけたんですよ!? ゆうちゃんを深く傷つけてでも、自分の傍に置きたかったってことですよね。間違ってますよ、そんなこと」
「……ゆうくんに言われるならまだしも、あなたには何も言われたくない! あなたが現れたから、ゆうくんをもう一度コスプレの道へ誘ったあなたがいたからっ! なんであなただけがそんな幸せそうにゆうくんの隣にいられるの! 学校でも、ここでも。わたしはずっとずっと沢山のことを我慢してきたのに!」
光里は涙を拭い、真っ赤な目で風祭をねめつけた。
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